平安期に遷座、旧地は神楽野明神で現在も氏子は参拝
丹生神社 滋賀県長浜市余呉町下丹生1087
[住所]滋賀県長浜市余呉町下丹生1087
[電話]0749-86-3623

丹生神社(にゅうじんじゃ)は、滋賀県長浜市余呉町下丹生にある神社。北陸本線の余呉駅の北東約4.5キロ。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「丹生神社二座(近江国・伊香郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

奈良時代の天平宝字8年(764年)春の創建と伝えられ、丹生郷の総社で、丹生明神、または大梵天王と称した。

当初は現在地の東南9町あまりの神楽野という地、丹生川の西岸丹保高山の麓に鎮座したという。平安時代前期の貞観12年(871年)4月、現在地に遷座した。

その旧社地を中心として、沿岸に5町歩あまりの平地があり、人家を構えるのに適していたものの、たびたびの洪水があり、当社とともに移住したという。

旧社地は現在もなお神楽野明神として、一祠が構えられ、崇敬され、毎年4回、氏子全戸が参詣し、祭典を斎行する。

南北朝時代初期の延元元年(1336年)10月、新田義貞が参拝したとも伝わる。丹生明神宮とも呼ばれた。

現在地の林相森厳を極むと評され、社殿は室町時代の文明2年(1470年)焼失し、戦国時代の大永年間(1521年-1528年)に再建された。

江戸時代前期の寛文7年(1667年)、改築されたものが現在の本殿である。本殿は一間社流造で、間口1間1尺、奥行1間。拝殿は入母屋造で、間口3間、奥行2間2尺。

明治になり、現社号に復し、明治9年(1876年)、村社に列し、明治41年(1908年)には神饌幣帛料供進社に指定された。

御祭神は、高龗神丹生津姫命。例祭は4月3日。境内社に、蛭子神社・稲荷神社がある。花の頭が1月2日と1月6日。大頭が1月14日・15日。

1月7日には、丹保野山から赤土を取り、丹生川の清水を汲んで神前に供えた後、それらを混ぜて神主・氏子の額に神印を押し、息災安穏を祈願する神事があるという。

なお、式内社「丹生神社二座」の論社は他に、上丹生の同名神社がある。二座なので、上と下がそれぞれ一座ということもありそうだが、そうした見解はないようだ。

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丹生神社 滋賀県長浜市余呉町下丹生
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