今立郡の式内論社も立地は丹生郡、7月にあたご火祭り
[住所]福井県越前市片屋町9-2
[電話]-
鵜甘神社(うかんじんじゃ)は、福井県越前市片屋町にある神社。北陸本線の武生駅の北西約5キロ。御朱印の有無は不明。
『延喜式神名帳』にある「鵜甘神社(越前国・今立郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。
創祀年代は不祥。往古は、字古宮という地にあり、社殿壮麗にして大社だったという。ただし、当社は丹生郡に属しており、今立郡の式内社としては否定的な見解もある。
なお、式内社「鵜甘神社」の論社は他に、今立郡池田町、越前市入谷町、南条郡南越前町の当社および式内同名神社、越前市西樫尾町の荒樫神社の境内社がある。
中古は八幡神社とも称した。現在も御祭神は応神天皇。ただし、安土桃山時代になり、柴田勝家の兵乱により衰退したという。
その後、福井藩家老で越前府中城城主の本多富正(冨正)が深く崇敬し、現在地の寄進、再興したという。旧地には今も礎石などが残るという。
現在までに神功皇后・武内宿禰・火産巣日神を配祀する。当社の例祭は10月2日。毎年7月23日には伝統行事として、あたご火祭りがある。
配祀神の火産巣日神と関わっているようで、標高103メートルの愛宕山山頂に御神体を勧請する祭典である。
この愛宕山と火産霊神はやはり本多富正が北西方向から武生の町を火難から守る神として崇敬したという。
当時の夕方、当社を出発し、愛宕山の登山口まで進むと用意していた松明に火をともし、頂上を目指す。
「進上、進上、火進上、愛宕山に火進上」と唱えながら登っていく。闇に浮き出た長蛇の列は、やがて、頂上の大篝に吸収されていく。
当社の境内社に小山田神社がある。住吉神社とも呼ばれているようで、御祭神は住吉三神。今立郡の式内社「小山田神社」との関連を指摘する声もある。
式内社「小山田神社」の論社は他に、市内池泉町の味真野神社に合祀されたもの、南小山町にやはり小山田神社がある。
拝殿の神額は、海軍大将岡田啓介による書。拝殿の前には、明治43年(1910年)9月18日建立の金沢型狛犬が安置されている。
【ご利益】
厄災除け、安産、事業成功、健康長寿、火防
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鵜甘神社(うかんじんじゃ)は、福井県越前市片屋町にある神社。北陸本線の武生駅の北西約5キロ。御朱印の有無は不明。
『延喜式神名帳』にある「鵜甘神社(越前国・今立郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。
創祀年代は不祥。往古は、字古宮という地にあり、社殿壮麗にして大社だったという。ただし、当社は丹生郡に属しており、今立郡の式内社としては否定的な見解もある。
なお、式内社「鵜甘神社」の論社は他に、今立郡池田町、越前市入谷町、南条郡南越前町の当社および式内同名神社、越前市西樫尾町の荒樫神社の境内社がある。
中古は八幡神社とも称した。現在も御祭神は応神天皇。ただし、安土桃山時代になり、柴田勝家の兵乱により衰退したという。
その後、福井藩家老で越前府中城城主の本多富正(冨正)が深く崇敬し、現在地の寄進、再興したという。旧地には今も礎石などが残るという。
現在までに神功皇后・武内宿禰・火産巣日神を配祀する。当社の例祭は10月2日。毎年7月23日には伝統行事として、あたご火祭りがある。
配祀神の火産巣日神と関わっているようで、標高103メートルの愛宕山山頂に御神体を勧請する祭典である。
この愛宕山と火産霊神はやはり本多富正が北西方向から武生の町を火難から守る神として崇敬したという。
当時の夕方、当社を出発し、愛宕山の登山口まで進むと用意していた松明に火をともし、頂上を目指す。
「進上、進上、火進上、愛宕山に火進上」と唱えながら登っていく。闇に浮き出た長蛇の列は、やがて、頂上の大篝に吸収されていく。
当社の境内社に小山田神社がある。住吉神社とも呼ばれているようで、御祭神は住吉三神。今立郡の式内社「小山田神社」との関連を指摘する声もある。
式内社「小山田神社」の論社は他に、市内池泉町の味真野神社に合祀されたもの、南小山町にやはり小山田神社がある。
拝殿の神額は、海軍大将岡田啓介による書。拝殿の前には、明治43年(1910年)9月18日建立の金沢型狛犬が安置されている。
【ご利益】
厄災除け、安産、事業成功、健康長寿、火防
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