大己貴命に求婚された綾門姫命、江戸中期以来伝統の獅子舞
[住所]島根県出雲市口宇賀町521
[電話]-
宇賀神社(うかじんじゃ)は、島根県出雲市口宇賀町にある神社。畑電車北松江線の雲州平田駅の西北約4キロ。御朱印の有無は不明。
『延喜式神名帳』にある「宇加神社(出雲国・出雲郡)」に比定される式内社(小社)。創祀年代は不詳。『出雲国風土記』に「宇加社」とある。
御祭神は大己貴命・綾門姫命。綾門姫命(綾門日女命)は神魂命の御子とされる。ただ、宇賀郷は、主として島根半島の諸郷と共通の神魂命を奉齋する氏族集団の居住地。
その一族の最高の祀り主である高巫が、綾門日女命だったとも考えられている。『古事記』において、神魂命は大己貴命をサポートする役割も担っている。
『出雲国風土記』によれば、大己貴命と綾門日女命は夫婦。大己貴命が求婚した際、綾門日女命は当時の風習に従い、隠れた。
そこで大己貴命は、出雲大社を出て、弥山、鰐淵山を経て、宇峠のあたりを探した。それで宇賀という地名になったという。
このあたり分かりづらいが、「伺う(探す)」が「うか」となり、「宇賀」「宇加」の字が充てられたようだ。
現在、西北方を奥宇賀、東南方を口宇賀と称している。奥宇賀町には、その時、綾門日女命が逃げ隠れた黄泉の穴がある。
また、江戸時代中期の地誌『雲陽誌』によれば、楯縫郡猪目浦と神門郡宇峠浦との界巌の上に、馬と牛との蹄の跡があったという。
里人によれば、これは、大国主命と綾門日女命が、それぞれ馬と牛に乗って、当地で邂逅した際の、その蹄跡だと伝わっていたという。
江戸時代中期の安永2年(1773年)10月、江戸時代後期の文化6年(1809年)、天保11年(1840年)9月、それぞれ社殿が造営された。
長らく宇賀大明神と呼ばれてきたためか、風土記所載名や式内社名ではなく、明治4年(1871年)、現社号に改称した。例祭は10月19日。
江戸中期には舞われていた獅子舞が現在も伝承されている。宝暦14年(1764年)の「楯縫郡口宇賀村神社書出帳」に、「9月19日 御神楽・神主社籠・獅子舞」とある。
この伝統ある獅子舞とともに、それと深くかかわる頭屋制度にも旧来のしきたりが受け継がれている。
頭屋は氏子の中から神籤で選任され、御分霊を頭屋が自宅に迎える「頭屋入り」、また頭屋宅での「頭屋渡御祭」時にも獅子舞が奉納される。
獅子舞の本奉納は、頭屋宅から当社に御分霊が還幸するに際してで、道中および社頭において、計10段の全てが演じられる。
舞の構成や形式には伊勢太神楽の影響が色濃く、「伊勢流獅子」に分類されている。現在は県の無形民俗文化財に指定されている。
本殿は大社造、瓦葺。境内には幣殿・器具所藏庫がある。境内社として、子安神社・荒神社・招魂社・御崎社などがある。
【ご利益】
縁結び、夫婦和合、厄災除け、悪疫退散

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宇賀神社(うかじんじゃ)は、島根県出雲市口宇賀町にある神社。畑電車北松江線の雲州平田駅の西北約4キロ。御朱印の有無は不明。
『延喜式神名帳』にある「宇加神社(出雲国・出雲郡)」に比定される式内社(小社)。創祀年代は不詳。『出雲国風土記』に「宇加社」とある。
御祭神は大己貴命・綾門姫命。綾門姫命(綾門日女命)は神魂命の御子とされる。ただ、宇賀郷は、主として島根半島の諸郷と共通の神魂命を奉齋する氏族集団の居住地。
その一族の最高の祀り主である高巫が、綾門日女命だったとも考えられている。『古事記』において、神魂命は大己貴命をサポートする役割も担っている。
『出雲国風土記』によれば、大己貴命と綾門日女命は夫婦。大己貴命が求婚した際、綾門日女命は当時の風習に従い、隠れた。
そこで大己貴命は、出雲大社を出て、弥山、鰐淵山を経て、宇峠のあたりを探した。それで宇賀という地名になったという。
このあたり分かりづらいが、「伺う(探す)」が「うか」となり、「宇賀」「宇加」の字が充てられたようだ。
現在、西北方を奥宇賀、東南方を口宇賀と称している。奥宇賀町には、その時、綾門日女命が逃げ隠れた黄泉の穴がある。
また、江戸時代中期の地誌『雲陽誌』によれば、楯縫郡猪目浦と神門郡宇峠浦との界巌の上に、馬と牛との蹄の跡があったという。
里人によれば、これは、大国主命と綾門日女命が、それぞれ馬と牛に乗って、当地で邂逅した際の、その蹄跡だと伝わっていたという。
江戸時代中期の安永2年(1773年)10月、江戸時代後期の文化6年(1809年)、天保11年(1840年)9月、それぞれ社殿が造営された。
長らく宇賀大明神と呼ばれてきたためか、風土記所載名や式内社名ではなく、明治4年(1871年)、現社号に改称した。例祭は10月19日。
江戸中期には舞われていた獅子舞が現在も伝承されている。宝暦14年(1764年)の「楯縫郡口宇賀村神社書出帳」に、「9月19日 御神楽・神主社籠・獅子舞」とある。
この伝統ある獅子舞とともに、それと深くかかわる頭屋制度にも旧来のしきたりが受け継がれている。
頭屋は氏子の中から神籤で選任され、御分霊を頭屋が自宅に迎える「頭屋入り」、また頭屋宅での「頭屋渡御祭」時にも獅子舞が奉納される。
獅子舞の本奉納は、頭屋宅から当社に御分霊が還幸するに際してで、道中および社頭において、計10段の全てが演じられる。
舞の構成や形式には伊勢太神楽の影響が色濃く、「伊勢流獅子」に分類されている。現在は県の無形民俗文化財に指定されている。
本殿は大社造、瓦葺。境内には幣殿・器具所藏庫がある。境内社として、子安神社・荒神社・招魂社・御崎社などがある。
【ご利益】
縁結び、夫婦和合、厄災除け、悪疫退散

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