奈良期に大和国笹幡宮を勧請、境内に一願成就の粟島神社
山辺八代姫命神社 島根県大田市久利町久利1499
[住所]島根県大田市久利町久利1499
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山辺八代姫命神社(やまべやしろひめのみことじんじゃ)は、島根県大田市久利町久利にある神社。山陰本線の静間駅の南約5キロ。住所は久利1417とも。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「山邊八代姫命神社(石見国・迩摩郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

奈良時代末期の延暦2年(783年)正月21日、大和国宇多郡笹幡宮を勧請して創建された。御祭神は天照皇大神

元伊勢として、「佐佐波多宮」がある。候補地はいくつかあるが、この場合は奈良県宇陀市の篠畑神社だという。

御祭神は社名から山辺八代姫命であることは間違いないが、山辺八代姫命=天照皇大神と無条件で決め込むのが通説。

他に、単に氏神とするもの、大己貴命の后神とするもの、笛吹連(笛連)の祖である武田折命(建多乎利)とするものなどがある。

南北朝時代の応安元年(1368年)、室町時代の応永10年(1403年)、江戸時代初期の慶長13年(1608年)に社殿造営の記録が残る。

江戸時代前期の元禄4年(1691年)、現社号を称していた記録がある。もとは久利町と大屋町の堺にある鬼村八代谷にあったと伝えられる。

宮跡(社殿跡)が現在も残っており、祭祀用の須恵器の壷も発掘されている。その後、氏宮の地に遷り、さらに現在地に遷座したという。

延命長寿の神としての信仰があり、江戸時代を通じて、それ以前の毛利氏による寄付である6石5斗の社領を有したが、明治6年(1873年)、村社に列した。

現在までに、相殿に八幡宮を祀る。鎌倉時代前期の建仁2年(1202年)、京都の石清水八幡宮より勧請、久利氏、毛利氏の尊崇が篤かったという。

明治41年(1908年)、村社桜井八幡宮を合祀した。主祭神は天照皇大神。誉田別命息長足姫命玉依姫命、徳川家康を配祀する。例祭は10月11日。

境内社に粟島神社がある。婦女子の守護神、また医薬の神として古来崇敬篤く、幕末には一願成就の宮と呼ばれ、願い事が叶う神として信仰された。

なお、式内社「山邊八代姫命神社」の論社は他に、市内大代町新屋に当社および式内同名神社がある。

【ご利益】
開運招福、地域安全、安産、厄災除け
山辺八代姫命神社 島根県大田市久利町久利
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