大国主命の佐渡平定、橘屋、6月に江戸前期からの出雲崎大祭
[住所]新潟県三島郡出雲崎町石井町583
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石井神社(いわいじんじゃ)は、新潟県三島郡出雲崎町石井町にある神社。越後線の出雲崎駅の北西約3.6キロ、日本海近く、三国街道沿い。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「石井神社(越後国・三島郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

創祀年代は不詳。神代の昔、各地を平定した大国主命が、この地に来て、佐渡ヶ島を平定しようとしたが、海を渡る船がない。

そこで、石の井戸の水を汲んで撒くと、一夜にして12株の大樹が茂った。その霊樹で船を造り、海を渡って、佐渡平定を行ったと伝えられている。

その時、大小の魚が船を守り、助けたので、12株の大樹の辺(現 井鼻)に宮を造り、海上守護の大神を祀ったのが創祀。

奈良時代初期の和銅4年(711年)、現在地である石井町に遷座、それ以降、神事は名主である橘屋山本家が司ってきた。この橘屋山本家は後の良寛の生家となる。

式内社「石井神社」の論社は他に、柏崎市の西山町石地北条西本町と、長岡市上岩井に当社および式内同名神社がある。

また、越後国には沼垂郡にも同名の式内社があり、新発田市五十公野の当社および式内同名神社が比定されている。

昔は、十二所神社と呼ばれていた。伝承からすると、十二株の霊樹を祀っていることになるが、霊験のある石の井戸を祀っていたとも考えられるか。

井戸の神であれば、大国主命(大穴牟遅神)の子神である御井神、あるいは木俣神ということになる。また、樹木と船のモチーフから五十猛命を連想させる。

例祭は毎年6月17日・18日。現在は出雲崎大祭として行われている。江戸時代前期の元禄3年(1690年)、橘屋山本家によって始められたのが起源。

6月17日は尼瀬を除いた海岸の全地区の大祭で、全地区から子供神輿と石井神社から大人神輿が出て盛り上がる。

行列の形式は昔の大名行列と祭事形式を兼ねた、壮厳の中にもきらびやかなもの。沿道には露店が50店あまり立ち並び、風情たっぷりのお祭り。

日本海に望む境内は、急な階段の上にあり、眺望が素晴らしい。近くにある住吉神社(底筒男命中筒男命表筒男命住吉三神神功皇后)は当社の摂社とされる。

境内社に、諏訪神社(建御名方命)、金刀比羅神社(大物主命)、稲荷神社(倉稲魂命)、疱瘡神社(稲背脛命)がある。古峯社も祀られている。

【ご利益】
海上安全、交通安全、商売繁盛、大漁満足
石井神社 新潟県三島郡出雲崎町石井町
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