長尾為景を助けた十二明神、9月には神楽「大和舞」奉納
石井神社 新潟県柏崎市西山町石地1045
[住所]新潟県柏崎市西山町石地1045
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石井神社(いしいじんじゃ)は、新潟県柏崎市西山町石地にある神社。日本海にほど近く、越後線の小木ノ城駅の西約5.4キロ。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「石井神社(越後国・三島郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

日本海沿いの国道352号線の東側に鎮座する。やはり式内論社である御島石部神社の少し北に位置する。

北条にも、当社と同名の式内論社があるが、その近くにも御嶋石部神社があり、やはり式内論社。

両者「石」も共通しており、式内社「石井神社」と式内社「御嶋石部神社」には何かしらの関連があることも考えられている。

創祀年代は不詳。御祭神は石凝姥命。拝殿内には「石凝姥命」の額がある。八稜鏡を御神体とする。もとは海辺の石地に鎮座していたという。

式内社「石井神社」の論社は、先の北条のものの他、市内の西本町長岡市上岩井出雲崎町石井町に当社および式内同名神社がある。

なお、越後国には沼垂郡にも同名の式内社があり、新発田市五十公野の当社および式内同名神社が式内に比定されている。

平安時代の寛治年間(1087年-1094年)、津波のため社殿が決壊し、石井山の現社地より100メートルほど海側の地へ遷座した。

戦国時代の天文年間(1532年-1554年)、長尾為景が佐渡から船で戻る時に暴風に遭い、当社の燈火によって無事到着したため、太刀や鞍馬を奉納した。

安土桃山時代の天正年間(1573年-1592年)、小木城主の松平大学が社殿を再建、祭器を寄進した。

その後、兵乱のため社頭は荒廃し、慶長検地の際、残らず蔵入の中、1石3升ほど、他に境内社地、山林など除地、江戸時代前期の天和3年(1683年)の検地の際も同様とされた。

江戸時代中期の明和2年(1765年)9月12日、社殿が再建された。江戸時代後期の弘化2年(1845年)4月、現在地に遷座した。明治2年(1869年)、社殿が再建された。

もとは十二神社とも呼ばれ、「石井十二神社」「石井十二明神」とする文献もある。主祭神の石凝姥命の他、下記11柱を祀る。

句々迺馳命加具土命金山毘古命波邇夜須姫命彌都波能賣命磐土命赤土命底土命大綾津日命大直日命大地海原命

あるいは、十二神社は大山祇命を御祭神とし、合祀とも。他の合祀神に、御穗須須美命(諏訪社)・白山媛命(白野神社)。

当社の例祭は9月20日を過ぎた日曜日。出雲系神楽とされる、「大和舞」と呼ばれる神楽が伝承され、この秋祭りで奉納される。

境内には神楽殿がある。この神楽は、柏崎一帯で保存され、西山町二田の物部神社、西山町別山の多岐神社などでも伝承されている。

拝殿の横に境内社として、十二社が祀られている。「十二」に縁深い社である。境内社は11社とされたが、現在はこの十二社に合併されたものか。

境内11社は、神明宮(天照皇大神)、龍神社(高龗神)、金刀比羅神社(大物主命)、八坂神社(素盞嗚尊)、粟島神社(少彦名命)、天満宮(菅原道真朝臣)、戸隠神社(手力雄命)、杵築神社(大己貴命)、諏訪神社(健御名方命)、秋葉神社(迦具土命)、稲荷神社(倉稲魂命)である。

【ご利益】
海上安全、交通安全、産業振興、無病息災
石井神社 新潟県柏崎市西山町石地
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