大伴家持が愛し、『万葉集』に多く詠まれた「布勢の円山」
布勢神社 富山県氷見市布勢1826
[住所]富山県氷見市布勢1826
[電話]-

布勢神社(ふせじんじゃ)は、富山県氷見市布勢にある神社。氷見線の氷見駅の南西約4.7キロ、御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「布勢神社(越中国・射水郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

『万葉集』に詠まれた美しい布勢の水海の孤島だったという「布勢の円山」と呼ばれる小丘陵の頂上に鎮座する。

現在の布勢の円山も、水田の中に島のように盛り上がっている。どこから見ても丸く見える。周囲約300メートル、高さ約20メートル。市指定名勝。

大伴家持は、布勢水海をこよなく愛し、遠く都から訪ねてきた友人らと舟遊びをし、美しい風景を数多く歌に詠んでいる。
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布勢の海の沖つ白波あり通ひいや年のはに見つつ偲はむ
当社の創祀年代は不詳。古文献では、当社名は、布勢社・諏訪社・御影社などの表記が見られる。現在御影社(見影社・水影社とも)は、境内社として大伴家持を祀る。

本社では、大彦命を祀る。ともに、当地へ赴任してきた開拓者。諏訪社に関しても、出雲から信濃への途上に当地へやって来たものと推測されている。

御祭神の大彦命は、四道将軍の一人として北陸道の鎮撫にあたった。当地の布勢一族が祖先神を祀ったものと伝えられている。

長野市篠ノ井山布施の布制神社には当社から勧請した旨の由緒を伝える。ただ、いずれの時代からか、日本で初めて大伴家持を祀った御影社が主になったようだ。

近世になると、御影大明神が定着、御蔭明神とも号した。県内最古とされる江戸時代後期の享和2年(1802年)の山本有香撰文による古碑が現存する。

明治33年(1900年)、大伴家持の千百年祭が行われ、地元の有志によって建てられた重野安繹撰文による大伴家持卿之碑がある。

昔から、アララギ派の歌人でる土屋文明(つちやぶんめい。1890年-1990年)をはじめ、万葉に心よせる人々が各地から訪れている。

昭和60年(1985年)、大伴家持1200年祭の折に、御影社は新築され、旧社殿は右端に移され、残された。それを記念した碑によれば、下記の通り。

奈良時代の天平20年(748年)3月24日、奈良の都から使者として越中に来た田辺福麿の歓迎宴の席上、福麿は下記のように歌った。
巻18 4042
藤波の咲き行く見ればほととぎす  鳴くべき時に近づきにけり
これに対して、歓待していた国守大伴家持が返した歌が下記。藤波とほととぎすによって布勢の水海の季節感を美しく歌いあげている。
巻18 4043
明日の日の 布勢の浦みの藤波に  けだし来鳴かず 散らしてむかも
本社の拝殿は入母屋、桟瓦葺、妻入、桁行4間、正面1間向拝付、本殿は一間社神明造、桟瓦葺。例祭は4月10日と9月15日。

なお、越中国には、新川郡にも同名の式内社がある。論社として、魚津市布施爪の当社および式内同名神社と、立山町芦峅寺の雄山神社中宮祈願殿の境内にある若宮社の相殿に祀られているものがある。

【ご利益】
一族・子孫繁栄、リフレッシュ、技芸・スポーツ向上
布勢神社 富山県氷見市布勢
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