進美寺の守護とも、それ以前からの産土とも、兵庫移設で奉斎とも
伊久刀神社 兵庫県豊岡市日高町赤崎438
[住所]兵庫県豊岡市日高町赤崎438
[電話]0796-42-0514

伊久刀神社(いくとじんじゃ)は、兵庫県豊岡市日高町赤崎にある神社。円山川東岸、山陰本線の江原駅の南3キロ。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「伊久刀神社(但馬国・養父郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

創祀年代は不詳。『国司文書 但馬故事記』によれば、飛鳥時代、第42代持統天皇2年(688年)秋7月、養父郡の更杵村に兵庫が設けられた。

それによれば、三宅宿祢神床陣法博士が大生部了(おおふのさとる)を率い、一国の壮丁4分の1を招集し、武事を講習したという。

その地に、兵庫を設け、大兵主神を祀った。これが更杵村大兵主神社である。式内社「更杵村大兵主神社」の論社は朝来市和田山町の寺内の更杵神社と林垣の十六柱神社がある。

また、第44代元正天皇の御宇、奈良時代初期の養老3年(719年)冬10月、機能を拡張し、養父郡の兵庫を浅間邑に遷し、健児所(こんでいしょ)を置いた。

伊久刀首武雄は、兵主神を浅倉に祀り、その祖雷大臣命を赤坂丘に祀った。この中で赤坂丘に祀られたのが当社である。ちなみに、浅倉に祀られたのが兵主神社

当社の東方1キロほどに進美寺という、飛鳥時代末期の慶運2年(705年)創建の古刹がある。養父・気多郡内に広大な寺領を持つ有力寺院だった。

進美寺に最も近い古社である当社との関係が推測される。つまり、進美寺の護法神として当社が存在していた、とも。

そのため、当社は進美寺と同時期の創立ともされる。ただ、寺院の守護神は通常、その寺院に先行する形で存在していた地主神を充てる場合も多い。

一方、進美寺は天台宗の総本山比叡山延暦寺にならって、周囲に3か所の守護を置いていたとされる。

それは、頂上の白山権現(現 白山神社)、麓の宵田の山王権現(現 日枝神社)、日置の赤山明神(廃絶)だという。

進美寺によれば、当社は、もっと以前からこの土地の産土として祀られていたのではないか、という。立地的には当地の水源地との関わりも指摘されている。

明治6年(1873年)10月、村社に列した。御祭神は、瀬織津姫神・大直毘神活津彦根命とも。例祭は10月10日。境内422坪、本殿は杮葺入母屋造。

相次ぐ台風被害により、樹齢何百年という大杉が傾き、危ない状態だったので伐採された。背後の山の中も倒木が多く、当社自体も傷みがあった。

そこで平成19年(2007年)、本殿覆い屋を新築。合わせて老朽化していた篭り堂も改築された。

境内社に稲荷神社、三柱神社がある。拝殿左右に境内社があり、境内には他にも小祠がある。石段下には「なんじゃもんじゃの木」や六地蔵が祀られている。

【ご利益】
五穀豊穣、地域安全、厄災除け
伊久刀神社 兵庫県豊岡市日高町赤崎
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