奈良後期の勧請、もとは機織の神か、本殿の精緻な彫刻、大タブノキ
[住所]鳥取県鳥取市青谷町絹見136
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幡井神社(はたいじんじゃ)は、鳥取県鳥取市青谷町絹見にある神社。山陰本線の青谷駅の西南、泊駅の東南。県道259号線の近く。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「幡井神社(因幡国・気多郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

社伝によれば、奈良時代後期の宝亀3年(772年)に勧請、創立された。もとは近くの小池山の麓にあり、一度付近に遷座したという。

往古は、因幡・伯耆にまたがる7ヶ村の氏神だったという。中世以降は絹見村の氏神となった。

鎌倉時代前期の建保5年(1217年)3月26日、社殿造営の記録が残る。この際の棟札に、社伝の神詠の歌がある。
神垣に つきせむはたや きぬ立て 三つの守りを あたえみせつゝ
江戸時代中期の明和4年(1767年)4月「気多郡山西神社御改帳」では、幡井大明神とある。幡屋大明神とも呼ばれたという。

寛政9年(1797年)9月24日、現社地に遷座し、翌寛政10年(1798年)8月、社殿が造営された。

明治元年(1868年)、境内社末社の稲生社、字天王鎮座の摂社の稲生社、子守社を合祀した。明治4年(1871年)、村社に列した。

大正5年(1916年)、字天王鎮座の無格社引地社を合祀し、字長和鎮座の村社長和瀬社とその境内社である水無瀬社を合祀した。

主祭神は、天照大御神。社名の幡井と、地名の絹見から、機織の神を祀ったものだとされる。

現在までに、栲幡千千姫命須佐男命保食神事代主命・天熊人命を併せて祀る。例祭は10月第4日曜日で秋例大祭。

本殿は一間社流造、銅板葺き。高床側面は板が張ってある。この本殿の彫刻は市保護文化財に指定されている。

正面軒下は柱間いっぱいに雲と龍。扉も、上部は麻の葉の透かし彫りに中央が社紋の二重亀甲五徳柏。下部は浮き彫りの幾何文様。

扉上部の斗栱間の中備彫刻は、細部まで丁寧に彫られた松。左向拝柱の木鼻は正面が獅子、側面が獏。

本殿左側面には、身舎の胴羽目、斗栱間中備、大瓶束脇の笈形、懸魚、桁隠しに彫刻が見られる。数々の彫刻群、どれも彫りがくっきりと精緻。

石段を上り、「大平田村石工 尾崎■兵衛」と彫られている古い鳥居、随身門、拝殿、本殿がある。

本殿右手、向かって左の樹林内にタブノキの巨樹がある。樹高20メートル、目通り幹囲5.4メートル、推定樹齢300年以上。

樹林は、シイとタブの混成林。他の木々が、タブノキの周囲を取り囲んでいる。この大タブノキも特別な扱いを受けている様子はない。

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幡井神社 鳥取県鳥取市青谷町絹見
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