旧東海道松並木の近く、室町期に春日神勧請、式内論社とも
[住所]静岡県浜松市西区馬郡町1882-2
[電話]-
春日神社(かすがじんじゃ)は、静岡県浜松市西区馬郡町にある神社。東海道本線の舞阪駅の近く。御朱印の有無は不明。
『延喜式神名帳』にある「津毛利神社(遠江国・敷智郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。
国道1号線と並行に走る、約1キロにわたる松並木の旧東海道近く。鎮座地の馬郡町(まごおりちょう/まんごおり)を付けて、馬郡町春日神社とも。
南北朝時代末期の永徳元年(1381年)秋、甲州行脚の沙門律師・日朝が当地へ廻国の折、神仏深理と悟し、一社を建立するのを願った。
その後、室町時代の応永2年(1395年)8月15日、春日大明神の神札を奉祀、勧請して創立した。
この由緒では『延喜式』後であり、式内社足りえない。春日神の勧請以前に祭祀が行われ、その際は「津毛利神社」と呼ばれたものか。『遠江国風土記伝』には下記が記載されている。
明治6年(1873年)3月、村社に列し、明治7年(1874年)には末社を合祀した。昭和8年(1933年)7月18日、本殿・拝殿・幣殿を改築、遷宮が行われた。
御祭神は、武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比賣神の春日四神。例祭は10月中旬。境内末社に、若宮神社・八幡神社・山宮神社・天王社があり、いずれも例祭は7月14日。
灯籠一対が左右にある明神鳥居をくぐると、褐色の拝殿と、真っ赤な本殿。拝殿前には神使の一対の鹿像がある。昭和8年10月の建立だという。
なお、式内社「津毛利神社」の論社は他に、市内南区参野町に式内同名神社がある。
【ご利益】
厄災除け、事業成功、交渉成功

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春日神社(かすがじんじゃ)は、静岡県浜松市西区馬郡町にある神社。東海道本線の舞阪駅の近く。御朱印の有無は不明。
『延喜式神名帳』にある「津毛利神社(遠江国・敷智郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。
国道1号線と並行に走る、約1キロにわたる松並木の旧東海道近く。鎮座地の馬郡町(まごおりちょう/まんごおり)を付けて、馬郡町春日神社とも。
南北朝時代末期の永徳元年(1381年)秋、甲州行脚の沙門律師・日朝が当地へ廻国の折、神仏深理と悟し、一社を建立するのを願った。
その後、室町時代の応永2年(1395年)8月15日、春日大明神の神札を奉祀、勧請して創立した。
この由緒では『延喜式』後であり、式内社足りえない。春日神の勧請以前に祭祀が行われ、その際は「津毛利神社」と呼ばれたものか。『遠江国風土記伝』には下記が記載されている。
俗説に馬郡村春日神社を津毛利神社と称す 朱符の神田の高六石、祭日は9月19日、文和風土記に象嶋の郷中に津毛里社を載す安土桃山時代の天正12年(1584年)以来、数度の改築があり、江戸時代前期の慶安元年(1648年)10月24日、3代将軍徳川家光より朱印6石の下賜があり、代々拝領した。
明治6年(1873年)3月、村社に列し、明治7年(1874年)には末社を合祀した。昭和8年(1933年)7月18日、本殿・拝殿・幣殿を改築、遷宮が行われた。
御祭神は、武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比賣神の春日四神。例祭は10月中旬。境内末社に、若宮神社・八幡神社・山宮神社・天王社があり、いずれも例祭は7月14日。
灯籠一対が左右にある明神鳥居をくぐると、褐色の拝殿と、真っ赤な本殿。拝殿前には神使の一対の鹿像がある。昭和8年10月の建立だという。
なお、式内社「津毛利神社」の論社は他に、市内南区参野町に式内同名神社がある。
【ご利益】
厄災除け、事業成功、交渉成功

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