交通要衝の越戸に祀られた陶器の神、県内国宝を戦中の空襲から守る
灰寶神社 愛知県豊田市越戸町松葉52
[住所]愛知県豊田市越戸町松葉52
[電話]-

灰寶神社(はいほじんじゃ)は、愛知県豊田市越戸町松葉にある神社。名鉄三河線の越と駅の東。矢作川西岸、国道153号線の飯田街道沿いに鎮座する。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 三河国 賀茂郡「灰宝神社」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では郷社。

飛鳥時代末期の慶雲3年(706年)の創建と伝わる。全越戸の守護神。御祭神は、速邇夜須毘売命。またの名を埴安姫命。大地、粘土、土器、陶芸の神。

良質の粘土を求めて越戸港より陶工達が順次上陸、これらが越人となり、当地方を開拓し、その発展と安寧のために奉斎された、という。

古代・中世において猿投山一帯は全国的にも著名な窯業生産地だったが、 その製品の搬路はよく分かっていない。

もしかすると、江戸時代の米の搬出方法のように、陸路で当地まで運び、当地から矢作川を利用して水路で、 矢作川河口に運んだ可能性もある。

この矢作川上流地域は、東国・信濃地方への交通の要衝で、越戸地域一帯は、川を使っての交易、土器の集積地であったと推定されている。

その意味でも、当地に陶磁器の祖神が祀られているのは示唆的である。当社は、『参河国内神明帳』に「正五位 下灰寶天神」とある。

もとは矢作川西側の中洲に鎮座していたといい、河川の氾濫により現在地に遷座したと伝えられている。

近世には、八王子権現とも灰寶天神とも呼ばれたが、明治元年(1868年)、挙母藩により式内認定され、改称。昭和6年(1932年)10月26日、郷社に列した。

境内社に、御尺口神社・津島神社・山神社、産守神社、越戸神社がある。昭和5年(1931年)建立の狛犬と、昭和52年(1977年)正月建立の備前焼の狛犬がある。

当社には有名な宝物庫がある。昭和7年(1933年)、当時としては珍しい鉄筋コンクリートで造られたもの。

昭和18年(1943年)、太平洋戦争末期となり、国宝級の宝物類の分散疎開が始まった。その際、この宝物庫が注目された。

注目したのは西加茂郡出身で県文化財担当の主事だった小栗鉄次郎。当社宝物庫に熱田神宮の国宝や美術品、名古屋城の障壁画など4788点を搬入した。

その後、名古屋市内は空襲に遭い、名古屋城も焼失したが、多くの国宝級宝物が当社宝物庫のおかげで守られることになった。

なお、式内社「灰宝神社」の論社は他に、市内平戸橋町の波岩の胸形神社、馬場瀬の馬場瀬神社がある。

【ご利益】
産業振興、事業成功、交通安全、厄災除け
灰寶神社 愛知県豊田市越戸町松葉
【関連記事】
愛知県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、愛知県に鎮座している神社の一覧