渥美半島・芦ヶ池の北、阿智使主の裔、江戸期に復興、瓦に神代文字
阿志神社 愛知県田原市芦町柿ノ木12
[住所]愛知県田原市芦町柿ノ木12
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阿志神社(あしじんじゃ)は、愛知県田原市芦町柿ノ木にある神社。渥美半島のちょうど中間あたり、芦ヶ池の北。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 三河国 渥美郡「阿志神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。

創祀年代は不詳。もとはもう少し芦ヶ池よりに位置しており、芦ヶ池の芦も、当社名「阿志」にちなむものと考えられている。

阿智使主(あちのおみ)を祖神とする、大和の於美阿志神社が源だという。阿智使主は、第15代応神天皇の時代の漢人系渡来人で、阿知王・阿知吉師とも。

『日本文徳天皇実録』仁寿元年(851年)10月に従五位下を授けられた。郡内唯一の式内社である。

御祭神は木花咲耶姫命。『式内社調査報告』によれば、相殿に天津彦火瓊瓊杵尊天津日高彦火火出見尊を祀る。古くは、鵜萱葺不合尊とも。

中世以降、衰退していたが、江戸時代前期の寛文4年(1664年)に田原藩主となった三宅能登守康勝により再興された。

三宅康勝の夢枕に神が立ち、夢告があったという。領内33ヶ村に命じて社殿を造営し、灯籠2基を寄進した。

その後の歴代藩主の崇敬も篤く、参勤交代の際には参拝して道中の無事を祈願したと伝えられている。

幕末から明治にかけての国学者である羽田野敬雄らが建立した「伊良湖阿志両神社道」という道標が東海道二川宿に現存している。

明治4年(1871年)5月、郷社に列した。明治12年(1879年)、拝殿の建て替えが行われた。その際に瓦に神代文字が使われていたことが分かった。

神代文字の瓦は現在でも踏襲されている。また、大正元年(1912年)、健御名方命・誉田別命・須佐之男命五男三女命菅原道真大名持命少名彦命を合祀した。例祭は10月4日。

【ご利益】
安産、火防、家内安全、地域安全
阿志神社 愛知県田原市芦町柿ノ木
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