伏見稲荷境外摂社、和泉式部の伝承、江戸前期の社殿
[住所]京都府京都市東山区本町20
[電話]-
田中神社(たなかじんじゃ)は、京都府京都市東山区本町にある神社。伏見稲荷大社の北、鳥羽街道駅のすぐ東。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 山城国 紀伊郡「飛鳥田神社」に比定される式内社(小社)の論社。伏見稲荷神社の境外摂社である。
創祀年代は不詳。『古今著聞集』に、「和泉式部忍びて稲荷へ参りけるに、田中明神の程にて時雨のしけるに」とある。
雨に降られ、和泉式部が困っていると、田を刈っていた一人の童が雨具を貸してくれた。伏見稲荷神社を詣で、帰る頃には晴れていたので童に雨具を返した。
その翌日、童が和泉式部のところへ艶文を持ってきて、中を開くと下記の歌が綴られていた。式部は「あわれ」と思い、奥へ招き入れたという。
平安時代、当社は京より伏見稲荷神社への路次に鎮座していた。もとは現在地の西で、川向こうの南区九条にあったが、洪水で移転したと伝わる。
『坊目誌』には、面積は百坪余とあるが、「昔日は社地広大也。今に狭きものは、東福寺建立時、寺家の領地になるもの多し」とある。
同じように、東福寺建立時に移転したものとして、やはり式内社「飛鳥田神社」の論社である下鳥羽城ノ越町の式内同名神社がある。
他の論社に、横大路柿ノ本町にも式内同名神社があり、伏見稲荷神社が合祀したもの、横大路天王後町の当社と同名神社がある。
また、美濃国各務郡にも同名の式内社がある。岐阜県各務原市の当社と同名神社に比定されている。創建は当社とほぼ同一で、各務原市の方は蘇我氏との関連が深い。
なお、室町時代の享徳3年(1454年)、稲荷祭で矢を射掛けられた神輿が、当社へ避難したという記録が残る。
当社の御祭神は田中大神。伏見稲荷神社の4柱の配祀神の1柱。大国主命と同一神されるが、下鳥羽の飛鳥田神社の伝承により、荷田竜頭(竜頭太)のこととも考えられる。
11月11日に火焚祭がある。月次初午祭、祈年祭、新嘗祭の時は、伏見稲荷神社本社より巡拝する。
現在の社殿は、江戸時代前期の正保2年(1645年)に建立された一間社見世棚造、銅板葺。昭和7年(1932年)に大修理が加えられた。
境内には、正保造営時に奉納された石燈籠や、江戸時代後期の天保13年(1843年)寄進の手水鉢がある。
【ご利益】
五穀豊穣、縁結び、恋愛成就

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田中神社(たなかじんじゃ)は、京都府京都市東山区本町にある神社。伏見稲荷大社の北、鳥羽街道駅のすぐ東。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 山城国 紀伊郡「飛鳥田神社」に比定される式内社(小社)の論社。伏見稲荷神社の境外摂社である。
創祀年代は不詳。『古今著聞集』に、「和泉式部忍びて稲荷へ参りけるに、田中明神の程にて時雨のしけるに」とある。
雨に降られ、和泉式部が困っていると、田を刈っていた一人の童が雨具を貸してくれた。伏見稲荷神社を詣で、帰る頃には晴れていたので童に雨具を返した。
その翌日、童が和泉式部のところへ艶文を持ってきて、中を開くと下記の歌が綴られていた。式部は「あわれ」と思い、奥へ招き入れたという。
時雨する 稲荷の山の もみぢ葉は 青かりしより 思い初めてきこの歌は、今でも伏見稲荷大社のおみくじに書かれている場合がある。
平安時代、当社は京より伏見稲荷神社への路次に鎮座していた。もとは現在地の西で、川向こうの南区九条にあったが、洪水で移転したと伝わる。
『坊目誌』には、面積は百坪余とあるが、「昔日は社地広大也。今に狭きものは、東福寺建立時、寺家の領地になるもの多し」とある。
同じように、東福寺建立時に移転したものとして、やはり式内社「飛鳥田神社」の論社である下鳥羽城ノ越町の式内同名神社がある。
他の論社に、横大路柿ノ本町にも式内同名神社があり、伏見稲荷神社が合祀したもの、横大路天王後町の当社と同名神社がある。
また、美濃国各務郡にも同名の式内社がある。岐阜県各務原市の当社と同名神社に比定されている。創建は当社とほぼ同一で、各務原市の方は蘇我氏との関連が深い。
なお、室町時代の享徳3年(1454年)、稲荷祭で矢を射掛けられた神輿が、当社へ避難したという記録が残る。
当社の御祭神は田中大神。伏見稲荷神社の4柱の配祀神の1柱。大国主命と同一神されるが、下鳥羽の飛鳥田神社の伝承により、荷田竜頭(竜頭太)のこととも考えられる。
11月11日に火焚祭がある。月次初午祭、祈年祭、新嘗祭の時は、伏見稲荷神社本社より巡拝する。
現在の社殿は、江戸時代前期の正保2年(1645年)に建立された一間社見世棚造、銅板葺。昭和7年(1932年)に大修理が加えられた。
境内には、正保造営時に奉納された石燈籠や、江戸時代後期の天保13年(1843年)寄進の手水鉢がある。
【ご利益】
五穀豊穣、縁結び、恋愛成就

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