江戸初期に怪異があった霊石、後に授乳・子育ての信仰篤く
岩上神社 京都府京都市上京区大黒町浄福寺通689
[住所]京都府京都市上京区大黒町浄福寺通689
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岩上神社(いわがみじんじゃ)は、京都府京都市上京区浄福寺通上立売大黒町にある神社。京都御所の北西。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 山城国 愛宕郡「大柴神社」に比定される式内社(小社)の論社。

伝えによれば、二条堀川付近にあった霊石が、六角通、現在の岩上通六角辺りに遷された。

さらに第107代後陽成天皇(在位:1586年-1611年)の女御の一人で、 第108代後水尾天皇(在位:1611年-1629年)の母である中和門院の屋敷の池の畔に遷された。

すると、吠え出したり、すすり泣いたり、子供に化けたり、など、奇異な現象が起きたという。

子供に化けたという伝説にちなんで、「禿童石」(かもんいし)と呼ばれたこともあったという。

持て余した女官たちがついにたまりかねて蓬莱院の真言僧を召したところ、彼はその岩を貰い受け、現在地に移して祀ったという。

その際に有乳山(うにゅうざん)岩上寺と称した。以降、授乳、子育ての信仰を集め、地元では「岩上さん」と親しみを込めて呼ばれている。

寺は江戸時代中期の亨保15年(1730年)の大火事「西陣焼け」で焼失、天明8年(1788年)の天明の大火で荒廃の極みに達した。

明治維新の際には廃寺となったが、大正年間(1912年-1926年)に織物業の千切屋が敷地内に祠を構え、以降、現社号あるいは岩上祠(いわがみ)と呼ばれるようになった。

数奇な運命を経た霊石だけは昔の姿そのままで現在に伝わる。以上の経緯から考えると、江戸時代初期以降の話であり、平安時代からある式内社とは考えづらい。

式内社研究家の志賀剛は、『神社覈録』が一例としてあげた芝薬師に注目し、これを大柴神社の神宮寺と考えた。

芝薬師のあった芝薬師町の西500メートル上方の大黒町にある当社が、式内社「大柴神社」の後継社である可能性を指摘した。

式内社「大柴神社」の論社は他に、左京区大原草生町の神明神社、北区小野下ノ町の岩戸落葉神社があるが、いずれも根拠がないものばかりではある。

さて、石の鳥居に守られた霊石「岩神さま」は、高さ1.7メートル、直径1メートルの大きな、丸い岩石。

この岩はいわゆる陽石で、男性のシソボルを型どっており、京都では数少ない性神だという。道祖神、塞神。

【ご利益】
子宝、安産、授乳、子育て
岩上神社 京都府京都市上京区大黒町浄福寺通
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