神武東遷で数年滞在した行宮跡、岡山・広島両県に候補地
吉備の高島宮とは、初代神武天皇が日向から大和への東遷の途上、吉備国に営んだとされる行宮(かりみや)で、『日本書紀』では3年、『古事記』では8年滞在したとされる。
吉備高島宮、吉備高嶋宮(きびのたかしまのみや、きびたかしまぐう)とも。候補地は現在の岡山県、広島県、以前の備前・備中・備後の各国にまたがり、複数の神社が挙げられている。
昭和13年(1938年)から15年(1940年)にかけて、文部省が当時の学界の総力をあげて学術的な「神武天皇聖蹟調査」を試みた結果、当時の岡山県児島郡甲浦村大字宮浦字高島(現 岡山市南区宮浦)を「聖蹟伝説地」に認定した。
ただし、ほぼ同様の伝承を持つ神社が多数あり、現在では宮浦のみを特別扱いするよりも、他の候補地の可能性が高いなどの意見もあり、特定されている状態とはいいがたい。

[住所]岡山市南区宮浦3268
[電話]086-267-3317

[住所]岡山県岡山市中区賞田295
[電話]-

[住所]岡山県倉敷市児島塩生字高島
[電話]-

[住所]岡山県笠岡市高島4690
[電話]-

[住所]岡山県笠岡市神島外浦1706
[電話]0865-54-2408

[住所]広島県福山市田尻町2423
[電話]-

[住所]広島県福山市内海町イ1941
[電話]-

[住所]広島県尾道市浦崎町3808-1
[電話]-

[住所]広島県福山市松永町5-33-13
[電話]084-934-4518
【関連記事】
・神社いろいろ - 社格や形式などで神社を分類したまとめ - 神社めぐり全国編
吉備高島宮、吉備高嶋宮(きびのたかしまのみや、きびたかしまぐう)とも。候補地は現在の岡山県、広島県、以前の備前・備中・備後の各国にまたがり、複数の神社が挙げられている。
昭和13年(1938年)から15年(1940年)にかけて、文部省が当時の学界の総力をあげて学術的な「神武天皇聖蹟調査」を試みた結果、当時の岡山県児島郡甲浦村大字宮浦字高島(現 岡山市南区宮浦)を「聖蹟伝説地」に認定した。
ただし、ほぼ同様の伝承を持つ神社が多数あり、現在では宮浦のみを特別扱いするよりも、他の候補地の可能性が高いなどの意見もあり、特定されている状態とはいいがたい。
備前国
高島神社(宮浦)

[住所]岡山市南区宮浦3268
[電話]086-267-3317
高島神社

[住所]岡山県岡山市中区賞田295
[電話]-
産土荒神社

[住所]岡山県倉敷市児島塩生字高島
[電話]-
備中国
高島神社

[住所]岡山県笠岡市高島4690
[電話]-
神島神社

[住所]岡山県笠岡市神島外浦1706
[電話]0865-54-2408
備後国
八幡神社

[住所]広島県福山市田尻町2423
[電話]-
皇森神社

[住所]広島県福山市内海町イ1941
[電話]-
王太子神社

[住所]広島県尾道市浦崎町3808-1
[電話]-
潮崎神社

[住所]広島県福山市松永町5-33-13
[電話]084-934-4518
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