神功皇后が凱旋の際に休息して阿曇磯良に暇を与えた地
[住所]長崎県対馬市美津島町今里字鹿ノ島
[電話]-
志賀島神社(しがしまじんじゃ)は、長崎県対馬市美津島町今里、浅茅湾の海上に浮かぶ鹿ノ島にある神社。東には周辺で一際大きな島である大島がある。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 西海道神 対馬国 下県郡「敷島神社/敷嶋神社」に比定される式内社(小社)の論社。鳥居扁額には志賀神社とある。
創祀や由緒は不詳。御祭神は磯良命・海祇。天之狹手依比売命を配祀する。神功皇后が三韓征伐からの凱旋の際の逸話が伝わる。
神功皇后がこの島で休憩している時に、磯良命(磯武良)に暇を与えた。磯武良は、海底に入った。その後、賊船が沖を通ると、磯武良が出現し、ことごとく海底へ沈めたという。
神功皇后が三韓出兵の際に諸神を招いたが、阿曇磯良とも呼ばれる磯武良は、顔にアワビやカキがついていて醜いのでそれを恥じて現れなかった。
そこで住吉神は海中に舞台を構えて磯良が好む舞を奏して誘い出すと、それに応じて磯良が現れ、神功皇后に協力することになった、という話はよく知られている。
代表的なものに、福岡市の志賀海神社、北九州市の和布刈神社などがある。
当社伝承は、凱旋後、神功皇后が阿曇磯良の功を労い、神功皇后のもとを去った阿曇磯良が海神として、海上守護の神に改めて鎮まった、ということだろうか。
島全体が神域で、あたかも海宮と呼ぶにふさわしい。この島に渡るには、加志・今里・尾崎のいずれかから、小船で行く以外にない。
例祭は6月12日で例大祭。なお、式内社「敷嶋神社」の論社は他に、加志の山の方の敷島神社、厳原町東里野良の住吉神社に合祀されたものがある。
【ご利益】
海上守護、海上安全、厄災除け

【関連記事】
・長崎県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、長崎県に鎮座している神社の一覧
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志賀島神社(しがしまじんじゃ)は、長崎県対馬市美津島町今里、浅茅湾の海上に浮かぶ鹿ノ島にある神社。東には周辺で一際大きな島である大島がある。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 西海道神 対馬国 下県郡「敷島神社/敷嶋神社」に比定される式内社(小社)の論社。鳥居扁額には志賀神社とある。
創祀や由緒は不詳。御祭神は磯良命・海祇。天之狹手依比売命を配祀する。神功皇后が三韓征伐からの凱旋の際の逸話が伝わる。
神功皇后がこの島で休憩している時に、磯良命(磯武良)に暇を与えた。磯武良は、海底に入った。その後、賊船が沖を通ると、磯武良が出現し、ことごとく海底へ沈めたという。
神功皇后が三韓出兵の際に諸神を招いたが、阿曇磯良とも呼ばれる磯武良は、顔にアワビやカキがついていて醜いのでそれを恥じて現れなかった。
そこで住吉神は海中に舞台を構えて磯良が好む舞を奏して誘い出すと、それに応じて磯良が現れ、神功皇后に協力することになった、という話はよく知られている。
代表的なものに、福岡市の志賀海神社、北九州市の和布刈神社などがある。
当社伝承は、凱旋後、神功皇后が阿曇磯良の功を労い、神功皇后のもとを去った阿曇磯良が海神として、海上守護の神に改めて鎮まった、ということだろうか。
島全体が神域で、あたかも海宮と呼ぶにふさわしい。この島に渡るには、加志・今里・尾崎のいずれかから、小船で行く以外にない。
例祭は6月12日で例大祭。なお、式内社「敷嶋神社」の論社は他に、加志の山の方の敷島神社、厳原町東里野良の住吉神社に合祀されたものがある。
【ご利益】
海上守護、海上安全、厄災除け

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