忌部神社の仮宮? 古地は天足宮とも、中の内宮・中内大明神
中内神社 徳島県吉野川市鴨島町西麻植中筋58
[住所]徳島県吉野川市鴨島町西麻植中筋58
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中内神社(なかうちじんじゃ)は、徳島県吉野川市鴨島町西麻植中筋にある神社。麻植駅から1キロほど南、国道192号線の伊予街道から、県道238号線を南下。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 南海道神 阿波国 麻殖郡「秘羽目神足浜目門比売神社二座」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では無格社。

創祀年代は不詳。詳細は不明だが、名神大社である忌部神社の仮宮伝承があるという。

当社の古地は、敷地の天足宮とする説があり、その地の小字を日和女といい、当地の西南200メートルには秘和女塚がある。

ただし、天足宮は、敷島神社に合祀されている雨宮と考えるのが一般的で、式内社「天水沼間比古神天水塞比売神社二座」のこと。

当社の近くに鎮座し、やはり式内社「秘羽目神足浜目門比売神社二座」の論社とされる牛島の杉尾神社では、式内社「天水沼間比古神天水塞比売神社二座」の御祭神を祀る。

この二つの式内社の現在における混乱について、式内社研究家の志賀剛は、江戸時代の『阿府志』や『阿波志』の記載の誤りを今に引きずるものであると考証している。

当社の御祭神は、秘羽目神・足濱目門比賣神(足浜目門比売神)。足浜目門比売神は、『日本書紀』天の岩戸の章一書(第三)に登場する。

それによれば、粟の国の忌部の遠祖天日鷲命(あめのひわしのみこと)が作った木綿(ゆう)と書かれてある、天日鷲命の后神である。

当社の東には関や木留、諏訪などの河浜に関係の深い地点の多い吉野川沖積層の村落があり、その水防の神として祀られたものと考えられている。

本来、「秘羽目神足濱目門比賣神社二座」とは、秘羽目神と足濱目門比賣神の二座を祀る神社の意である。

秘羽目神は「秘羽目門比古神」の略称で、「千濱の門の比古神」。足濱目門比賣神は「葦濱の門の姫神」で、河浜の門を司る水防の男女神のこと。

なお、式内社「秘羽目神足浜目門比売神社二座」の論社は、先の杉尾神社の他に、市内川島町児島前池北の八幡神社がある。

当社は江戸時代、「中の内宮」と呼ばれたという。中内大明神とも。江戸時代中期の寛保元年(1741年)、天日鷲命が合祀されたという。

例祭は10月25日。7月31日には夏季大祭がある。

【ご利益】
水防、五穀豊穣、一族・子孫繁栄
中内神社 徳島県吉野川市鴨島町西麻植中筋
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