「権現さん」もとは半田山の天王、ムクとフジカズラの古樹
[住所]徳島県美馬郡つるぎ町半田字逢坂62
[電話]-
建神社(たてじんじゃ)は、徳島県美馬郡つるぎ町半田にある神社。国道192号線、伊予街道から県道256号線を南下。県道257号線を進まずに、256号線を進む。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 南海道神 阿波国 美馬郡「建神社」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。
創祀年代は不詳。地元では、「権現さん」「権現はん」と呼ばれ、親しまれている。鎌倉時代初期の建久3年(1192年)5月、再建の記録が残る。
一説には、往古、半田山の天王という地にあったという。建仁2年(1202年)3月、現在は荒神社のある地に遷座したとも。
建永元年(1206年)7月、現在地に遷座した。戦国時代の天文2年(1533年)3月、再建されたが、弘治元年(1555年)10月には焼失したという。
半田の地名は、殖田(はにた)の転訛といわれ、半田川をはさんで、東西5丁・南北10丁に渡り盆地状の地形をなし、古田も多く、古代集落の一典型をなしている、という。
御祭神は素盞嗚尊で、かつては牛頭天王と称していた。異説として、日本武尊の後裔である阿波君が祖である倭建命(日本武尊)を祀ったとも。
伊賀国山田郡の式内社「阿波神社」に比定される阿波神社では、阿波君の祖として、倭武命の子の息長田別命を挙げている。
例祭として、1月25日、5月25日、9月25日に日待祭がある。
境内には、ムクとフジカズラがある。いずれも推定樹齢は500年。ムクは幹周り3.8メートル、フジカズラは幹周り0.37メートル。いずれも町の天然記念物。
式内社「建神社」の論社は他に、美馬市脇町の当社および式内同名神社、三好市池田町松尾大申の竹神社、三好市三野町清水の八幡神社がある。
【ご利益】
厄災除け、交通安全

【関連記事】
・徳島県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、徳島県に鎮座している神社の一覧

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建神社(たてじんじゃ)は、徳島県美馬郡つるぎ町半田にある神社。国道192号線、伊予街道から県道256号線を南下。県道257号線を進まずに、256号線を進む。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 南海道神 阿波国 美馬郡「建神社」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。
創祀年代は不詳。地元では、「権現さん」「権現はん」と呼ばれ、親しまれている。鎌倉時代初期の建久3年(1192年)5月、再建の記録が残る。
一説には、往古、半田山の天王という地にあったという。建仁2年(1202年)3月、現在は荒神社のある地に遷座したとも。
建永元年(1206年)7月、現在地に遷座した。戦国時代の天文2年(1533年)3月、再建されたが、弘治元年(1555年)10月には焼失したという。
半田の地名は、殖田(はにた)の転訛といわれ、半田川をはさんで、東西5丁・南北10丁に渡り盆地状の地形をなし、古田も多く、古代集落の一典型をなしている、という。
御祭神は素盞嗚尊で、かつては牛頭天王と称していた。異説として、日本武尊の後裔である阿波君が祖である倭建命(日本武尊)を祀ったとも。
伊賀国山田郡の式内社「阿波神社」に比定される阿波神社では、阿波君の祖として、倭武命の子の息長田別命を挙げている。
例祭として、1月25日、5月25日、9月25日に日待祭がある。
境内には、ムクとフジカズラがある。いずれも推定樹齢は500年。ムクは幹周り3.8メートル、フジカズラは幹周り0.37メートル。いずれも町の天然記念物。
式内社「建神社」の論社は他に、美馬市脇町の当社および式内同名神社、三好市池田町松尾大申の竹神社、三好市三野町清水の八幡神社がある。
【ご利益】
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