城山西麓、継体妃の三尾君を祀る式内・直野神社を合祀
[住所]福井県福井市南居町45-52
[電話]-
大己貴神社(おおなむちじんじゃ)は、福井県福井市南居町にある神社。近代社格では村社。日野川東岸、県道182号線沿いの丘に鎮座する。近くには顕本法華宗妙正寺がある。御朱印の有無は不明。
この地は、北陸道を見渡す要衝として三度、城が築かれた。南居城、蕗野寺城、朝津城である。現在は城山と呼ぶ。その西麓に当社がある。
社前は京福バスの清水山線のバス停「南居」で、その近くに地蔵堂や石碑が並ぶ。入口に社号標があり、石段を上って境内に入る。
創祀年代は不詳。由緒もよくわからず、明治期の「神社明細帳」には、明治8年(1875年)、村社に列したとある。御祭神は大己貴命。例祭は4月15日。
近代以降だろうか、『延喜式神名帳』にある「直野神社(越前国・足羽郡)」に比定される式内社(小社)である直野神社(三尾君)を合祀した。長い間、境内社として奉斎されたようだ。
『足羽社記略』によれば、御祭神は第26代継体天皇の妃である三尾君の御神霊を奉祀したとする。「越前国惣神分」に「従四位 直野神」とある。
平成7年(1995年)、社殿の老朽化に伴い新築され、その際、本殿右に4尺四方の小祠に祀られていた直野神社は本殿に合祀された。
その小祠は、地元の人は「おさんのうさん」と呼んでいたという。「山王」、あるいは「三王」と記され、御祭神の三尾君の転訛だという。
三尾君は、第11代垂仁天皇の皇子である石衝別王がその祖。継体天皇には、三尾君らの祖とされる若比売、三尾君加多夫の妹である倭比売という2人の関連する妃がいる。
ただし、直野(なおの)の社号から、直野神社の御祭神は素盞嗚尊ではないかとする説もある。
明治41年(1908年)3月4日に合祀された天満宮(菅原道真)は、その後独立して遷座、平成4年(1992年)3月に社殿が造営された。
境内入口には昭和10年(1935年)4月建立の狛犬が安置されている。阿は子狛を連れ、吽は巻物を口に咥え、玉を手にしている。
社殿に向かって右に御神木の杉(スギ)が高くそびえている。なお、市内には真木町に麻気神社と呼ばれる、当社と同名の神社がある。
【ご利益】
病気平癒、身体壮健、縁結び

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大己貴神社(おおなむちじんじゃ)は、福井県福井市南居町にある神社。近代社格では村社。日野川東岸、県道182号線沿いの丘に鎮座する。近くには顕本法華宗妙正寺がある。御朱印の有無は不明。
この地は、北陸道を見渡す要衝として三度、城が築かれた。南居城、蕗野寺城、朝津城である。現在は城山と呼ぶ。その西麓に当社がある。
社前は京福バスの清水山線のバス停「南居」で、その近くに地蔵堂や石碑が並ぶ。入口に社号標があり、石段を上って境内に入る。
創祀年代は不詳。由緒もよくわからず、明治期の「神社明細帳」には、明治8年(1875年)、村社に列したとある。御祭神は大己貴命。例祭は4月15日。
近代以降だろうか、『延喜式神名帳』にある「直野神社(越前国・足羽郡)」に比定される式内社(小社)である直野神社(三尾君)を合祀した。長い間、境内社として奉斎されたようだ。
『足羽社記略』によれば、御祭神は第26代継体天皇の妃である三尾君の御神霊を奉祀したとする。「越前国惣神分」に「従四位 直野神」とある。
平成7年(1995年)、社殿の老朽化に伴い新築され、その際、本殿右に4尺四方の小祠に祀られていた直野神社は本殿に合祀された。
その小祠は、地元の人は「おさんのうさん」と呼んでいたという。「山王」、あるいは「三王」と記され、御祭神の三尾君の転訛だという。
三尾君は、第11代垂仁天皇の皇子である石衝別王がその祖。継体天皇には、三尾君らの祖とされる若比売、三尾君加多夫の妹である倭比売という2人の関連する妃がいる。
ただし、直野(なおの)の社号から、直野神社の御祭神は素盞嗚尊ではないかとする説もある。
明治41年(1908年)3月4日に合祀された天満宮(菅原道真)は、その後独立して遷座、平成4年(1992年)3月に社殿が造営された。
境内入口には昭和10年(1935年)4月建立の狛犬が安置されている。阿は子狛を連れ、吽は巻物を口に咥え、玉を手にしている。
社殿に向かって右に御神木の杉(スギ)が高くそびえている。なお、市内には真木町に麻気神社と呼ばれる、当社と同名の神社がある。
【ご利益】
病気平癒、身体壮健、縁結び

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