青木明神とも、天王祭の天王社同殿、末社に石薬師の蒲桜
[住所]三重県鈴鹿市石薬師町2139
[電話]059-374-3355

大木神社(おおきじんじゃ)は、三重県鈴鹿市石薬師町にある神社。国道1号線の西、石薬師小学校の北、集落の中の平地に鎮座する。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「大木神社(伊勢国・河曲郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

創祀年代は不詳。『鈴鹿郡賦』に、「大木神社ハ青木ノ明神ノ宮ニシテ、今石薬師駅ノ天王社ノ同殿ニ巫ス」とある。

また、『三国地志』は、「アヲキト云、其下ニ小祠アリ、いまハ亡シ、俗大日霊ノ習合ニヤ」と記している。

当社明細帳によれば、もとは河曲郡高富村字船塚に鎮座していたが、江戸時代初期の元和年間(1615年-1624年)、一村が今の石薬師へ宿立ち移住することになった。

そこで、江戸時代前期の寛永年間(1624年-1644年)、当社も旧地から今の地へ遷座したという。

明治元年(1868年)、明治天皇の東幸に際しては、調査の上、勅使植松少将が参拝し、玉串と幣帛料と奉納した。

同年、旧度合県管轄鈴鹿郡第三区の郷社に被定されたが、明治6年(1873年)に村社に列した。石薬師の氏神として崇敬され、昭和57年(1982年)秋に社殿が立て替えられた。

御祭神は、主祭神が天照大神大国主命・瀬織津姫神・日本武尊を配祀し、須佐之男命天児屋根命大鷦鷯命火迦具土を合祀する。火迦具土ではなく、保食神とも。

例祭は10月11日で例大祭。7月14日には天王さんと親しまれる天王祭がある。他に、祈年祭・初午祭・新嘗祭など。特殊神事として、湯の花神事・獅子舞がある。

社殿後の森は、市指定天然記念物である「椎の森」で、スギ、アラカシ、サカキ、ソヨゴ、ヤツデなどとシイの木とが混生して美しい森を形成している。

優雅な曲線美を描いてこんもりと繁茂している。遠くから眺める姿は鎮守の杜にふさわしく、雄大、荘厳な風格は格別の趣きであり、石薬師の名勝でもあり象徴でもある。

境内にはこの森などを詠んだ佐佐木信綱の歌の碑がある。
月ごとの 朔日の朝 父と共に まうでまつりし 産土の森

名におえる 森の大木の かげふみて あふぎまつらふ 神の恵を

なつかしき わがふるさとは 鈴鹿嶺の はるかに仰ぐ 石薬師の里
境内社に、京都伏見稲荷大社を勧請した玉幸稲荷神社・塞神(塞ノ神社)・山神(山の神社。大山砥神)がある。

当社南1キロほどに、境外末社として、蒲冠者範頼之社(御曹司社)がある。源頼朝の弟である源範頼を祀る。病気平癒に霊験あり、自作の弓矢を御祈願料に添える。

その敷地に石薬師の蒲桜がある。県指定天然記念物。平安時代末期の寿永年間(1182年-1184年)、範頼が平家追討のため、西へ向かう途中、石薬師寺に詣でて武運を祈願。

戦運を占うため、鞭にしていた桜の枝を地面に逆さに挿して、「我が願い叶いなば、汝地に生きよ」と言って去ったが、活着し生長したのがこの蒲桜であるという。

「逆桜」とも言われている。桜の木の下には佐佐木信綱翁(源信綱)が、この桜を詠んだ歌碑がある。
ますらをの その名とどむる 蒲桜 更にかほらむ 八千年の春に
なお、式内社「大木神社」の論社は他に、市内南長太栄町の須伎神社に合祀されたもの、林崎町の久々志弥神社の飛地境内社、北長太旭町の飯野神社に合祀されたものがある。

【ご利益】
開運招福、厄災除け、悪病退散、交通安全
大木神社 三重県鈴鹿市石薬師町
【関連記事】
三重県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、三重県に鎮座している神社の一覧