江戸初期創立か、吾妻七社明神二社を合祀、伊勢町太々神楽
[住所]群馬県吾妻郡中之条町伊勢町1301
[電話]0279-75-2422

伊勢宮(いせぐう)は、群馬県吾妻郡中之条町伊勢町にある神社。伊勢町伊勢宮とも。中之条町429の同名神社とは別の神社である。御朱印の有無は不明。

大字伊勢町字天代八幡山の中腹に鎮座する。日本ロマンチック街道、国道145号線の伊勢町の信号から西に入り約300メートルで右に曲がると突き当たりに一の鳥居が立っている。

境内は1261坪。社殿の周囲、特にその南方や西方には古松・老杉などの大木がもりもりとしている。氏子地域は、中之条町大字伊勢町と青山、市域の剛村。

創建年代は不詳。地頭の保科淡路守が伊勢国山田奉行に在勤中、当地を卜し、正八幡社を若宮八幡社に合併し、その宮跡に当社を建立したと伝わる。

江戸時代前期の承応2年(1653年)正月、沼田藩に庄屋役青柳源右衛門ら7人が上の原の地に町割りを出願し、屋敷分けが行われた。

河原町に残った人々も移り、同年3月23日に伊勢町と名付けられた。

『伊勢町覚書』によれば、「伊勢崎の市が繁盛しているのを見て、その市神の土を盗みとって来て、町の中に榎を植え、その根元に土を埋め伊勢町と名付けた」とある。

また、「神明の宮を建て、桜の木を記念に植樹した」とあるので、江戸時代初期の創立か。

明治39年(1906年)12月28日、神饌幣帛料供進社に指定された。御祭神は、主祭神が大日孁尊豊宇気毘売神

明治40年(1907年)11月30日、字天代の無格社である八幡宮、北野神社とその境内社一社を合祀した。

また、字只則の無格社である北野神社とその境内末社の金刀比羅宮・伊弉諾神社・阿夫利神社、武尊神社、大山祇神社、雷電神社、厳島神社も合祀した。

さらに、字天神の無格社である諏訪神社、字十澳澤の無格社である大山祇神社とその境内末社である飯綱神社・稲荷神社・雷電神社を合祀した。

同年12月17日、大字青山村字駒形村の村社である駒形神社(宇気母智神大山津見神菅原道真建御名方神・大日孁尊を配祀)と、その境内末社五社、字若宮の無格社八幡宮を合祀した。

明治44年(1911年)3月9日、当社の境内末社二社と、大字市域村字明神の村社である白鳥神社日本武尊)を合併した。

この中で、駒形神社と白鳥神社は『神道集』の「児持山大明神の事」にある駒形大明神と白専女大明神で、吾妻七社明神の二つ。

「児持山大明神の事」には、「阿野津から尾張熱田まで馬に乗せてくれた人も神道の法を授かり、馬は岩尾山の駒形、舎人は今至の白専馬大明神と成った」とある。

その後、白鳥神社は昭和24年(1949年)に分祀、翌昭和25年(1950年)に旧社地に再建された。

当社の合祀神は、罔象女命伊弉册命大物主命火産霊命埴安姫命・保食命・品陀和気命・大山津見神・菅原道真公・素戔嗚命・建御名方命・八坂刀売命・倉稲魂命・火雷命・日本武尊・市杵島姫命伊弉諾命・水分神・高御産巣日神木花開耶姫命

境内社に琴平宮と愛宕神社がある。境内入口には、昭和19年(1944年)建立の、石工浦部によるによる岡崎現代型狛犬が安置されている。

また、神楽殿があり、祭礼の際は伊勢町太々神楽が行われる。奉仕者により餅の振る舞い、餅投げが行われる。

中之条町429の同名神社では8月第1土・日曜日に中之条祇園祭が行われているが、9月第1土・日曜日には伊勢町祇園祭という別の祭りがある。当社との関係は不明。

【ご利益】
開運招福、五穀豊穣、無病息災
伊勢宮 群馬県吾妻郡中之条町伊勢町
【関連記事】
吾妻七社明神とは? - 『神道集』6巻「第三十四 上野国児持山之事」に記載された神々
群馬県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、群馬県に鎮座している神社の一覧