三河知立神社を勧請、もとは松平家の邸内社、昭和に町会に譲渡
[住所]東京都新宿区喜久井町20
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池立神社(いけだてじんじゃ)は、東京都新宿区喜久井町にある神社。現在は穴八幡宮の兼務社である。御朱印の有無は不明。

江戸時代初期、徳川家康の御子である結城中納言秀康が大閣秀吉との養子縁組を解消して、越後の高田35万石の城主に封ぜられた。

その帰東の際、本社である三河の知立神社に立ち寄り、御分社を乞い、江戸日本橋蠣殻町の本邸に創建したのが起源。同時に、未社の稲荷大明神を併せて奉祀した。

以後、徳川一門の信仰は格別に篤く、紋章も三葉葵を用いることが認められたという。

なお、当社は三河藩下屋敷の邸内社とも、津山藩松平家の屋敷神ともされるが、流れからは越前福井藩の邸内社か。

御祭神は知立大神。当社名より、池立大神とも。初代神武天皇の父である鵜草葦不合尊と、その両親にあたる日子穂手見命豊玉毘売命の3柱の総称。

ただし、本社である知立神社の御祭神は、豊玉毘売命ではなく、鵜草葦不合尊の育ての母であり、妻である玉依比売命。知立神社では摂社で豊玉毘売命を祀る。

明治になり、明治17年(1884年)、下屋敷だった当町22番地、現在の早稲田小学校内に移転。明治22年(1889年)、現在地に移転、奉祀された。

この時、まだ松平家が祭祀を執行し、町内在住者とは関係のない社だった。昭和4年(1929年)、松平家が所有する土地全部を分譲、当社も渋谷の本邸に移転する予定だったという。

この際、町会が松平家に申し出て、神社譲渡についてまとまり、松平家から500円の寄進を得、昭和6年(1931年)、本殿・拝殿の改築と社務所の新築が行われた。

昭和20年(1945年)、戦災にて焼失したという。戦後になり、再建されたようで、現在は喜久井町町民館の敷地内に鎮座する形になっている。例祭は5月4日。

【ご利益】
厄災除け、家内安全、安産
池立神社 東京都新宿区喜久井町
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