亀高新田村の鎮守、徳川吉宗が参詣、4年に1度の8月に神輿渡御
[住所]東京都江東区北砂4-25
[電話]03-3645-0816
亀高神社(かめたかじんじゃ)は、東京都江東区北砂にある神社。北砂亀高神社とも。参拝すれば、境内左手にある町会の事務所で御朱印を頂ける。
『南蔦飾郡神社要覧』によれば、江戸時代前期の寛永年間(1624年-1644年)の初め、当地開発の際に五穀の神として祀ったのが当社の起源だという。
開発されたこの地は、亀戸新田と高橋新田が合わさり、亀高新田と呼ばれるようになり、亀高新田村の鎮守として崇敬されたという。
江戸時代中期の寛保元年(1741年)、8代将軍徳川吉宗が鷹狩りの際に百姓次郎兵衛に立ち寄った時、当社を参詣したという。
『新編武蔵風土記稿』亀高新田の条にも「稲荷社」とある。「本地十一面観音を安す。弘法大師の作にして長6寸許。台座の内に元禄12年4月15日蜂須賀氏納之と記せし」とある。
『砂町銀座史』によれば、昭和20年(1945年)3月10日の空襲により焼失し、その後仮宮が造営された。
昭和38年(1963年)、当時は亀高稲荷神社と呼ばれていた当社に地守稲荷神社を合祀し、現社号に改称した。昭和43年(1968年)、現社殿が落成した。
御祭神は倉稲魂命。4年に一度の8月下旬、当社単独で例大祭が行われる。冬季オリンピックの開催年に当たる。隣接の治兵衛稲荷神社と同日開催でもある。神輿渡御が行われる。
境内には砲弾で作られた忠魂碑が今も残る。日清戦争時に使用されていた砲弾で、大正12年(1923年)6月に海軍省から寄贈されたもの。
【ご利益】
商売繁盛、家内安全
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・東京都の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、東京都に鎮座している神社の一覧
[電話]03-3645-0816
亀高神社(かめたかじんじゃ)は、東京都江東区北砂にある神社。北砂亀高神社とも。参拝すれば、境内左手にある町会の事務所で御朱印を頂ける。
『南蔦飾郡神社要覧』によれば、江戸時代前期の寛永年間(1624年-1644年)の初め、当地開発の際に五穀の神として祀ったのが当社の起源だという。
開発されたこの地は、亀戸新田と高橋新田が合わさり、亀高新田と呼ばれるようになり、亀高新田村の鎮守として崇敬されたという。
江戸時代中期の寛保元年(1741年)、8代将軍徳川吉宗が鷹狩りの際に百姓次郎兵衛に立ち寄った時、当社を参詣したという。
『新編武蔵風土記稿』亀高新田の条にも「稲荷社」とある。「本地十一面観音を安す。弘法大師の作にして長6寸許。台座の内に元禄12年4月15日蜂須賀氏納之と記せし」とある。
『砂町銀座史』によれば、昭和20年(1945年)3月10日の空襲により焼失し、その後仮宮が造営された。
昭和38年(1963年)、当時は亀高稲荷神社と呼ばれていた当社に地守稲荷神社を合祀し、現社号に改称した。昭和43年(1968年)、現社殿が落成した。
御祭神は倉稲魂命。4年に一度の8月下旬、当社単独で例大祭が行われる。冬季オリンピックの開催年に当たる。隣接の治兵衛稲荷神社と同日開催でもある。神輿渡御が行われる。
境内には砲弾で作られた忠魂碑が今も残る。日清戦争時に使用されていた砲弾で、大正12年(1923年)6月に海軍省から寄贈されたもの。
【ご利益】
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