神踊りが盛んな慶長期に創建、幕末の薬医門型の神門、9月に盆踊り
[住所]東京都新宿区原町1-42
[電話]-
牛込柳町天祖神社(うしごめやなぎちょうてんそじんじゃ)は、東京都新宿区原町にある神社。単に天祖神社とも、原町天祖神社とも。御朱印の有無は不明。
都営地下鉄大江戸線の牛込柳町駅から少し北にいった細い道の脇。住宅街の路地にあるので、場所が分かりにくい。
大久保通りと外苑東通りが交差する牛込柳町交差点、外苑東通りを早稲田方向へ進むとすぐ左に2本の路地があり、その2本目の左斜めに伸びる路地を入る。
東京の神社には珍しい薬医門型の神門が見える。神門は立派だが、境内は広くなく、こじんまりとしている。
安土桃山時代の慶長年間(1596年-1615年)、諸国で神踊りが流行した時、牛込の里は、特に神踊りが盛んだったという。
この頃、この辺りに長兵衛という信仰心の篤い里人がおり、ある時、神が夢の中に現われ、「我ここに住みて諸人の苦難を救わん」と告げることが五晩続いた。
そこで長兵衛はいよいよ信心を深めて、まるで、そこにおられるかのように神を祀ったという。
それを聞いた大橋龍慶という長者が、天照皇大神宮を勧請して祠を建て、その後、諸難消除、病気平癒、安産、弓術皆中などの祈願者が後を絶たなくなったという。
現存の神門は幕末の天保15年/弘化元年(1845年)建造。区認定の地域文化財。戦前には珍しくなかった薬医門型の神門だが、当社のものは戦災をくぐり抜けたということか。
明治6年(1873年)、神明宮と称していたが、現社号に改称。原町1丁目の鎮守として崇敬されている。御祭神は天照皇大神。
例祭は9月第1土・日曜日。17時半から20時半まで、盆踊り大会が行われる。珍しく、「新・東京音頭」なども踊れるという。当日は模擬店なども出る。
境内には、桃の神を祀った桃祖神社がある。桃の節句にはイベントがあるという。
【ご利益】
開運招福、厄災除け、地域安全

【関連記事】
・東京都の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、東京都に鎮座している神社の一覧
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牛込柳町天祖神社(うしごめやなぎちょうてんそじんじゃ)は、東京都新宿区原町にある神社。単に天祖神社とも、原町天祖神社とも。御朱印の有無は不明。
都営地下鉄大江戸線の牛込柳町駅から少し北にいった細い道の脇。住宅街の路地にあるので、場所が分かりにくい。
大久保通りと外苑東通りが交差する牛込柳町交差点、外苑東通りを早稲田方向へ進むとすぐ左に2本の路地があり、その2本目の左斜めに伸びる路地を入る。
東京の神社には珍しい薬医門型の神門が見える。神門は立派だが、境内は広くなく、こじんまりとしている。
安土桃山時代の慶長年間(1596年-1615年)、諸国で神踊りが流行した時、牛込の里は、特に神踊りが盛んだったという。
この頃、この辺りに長兵衛という信仰心の篤い里人がおり、ある時、神が夢の中に現われ、「我ここに住みて諸人の苦難を救わん」と告げることが五晩続いた。
そこで長兵衛はいよいよ信心を深めて、まるで、そこにおられるかのように神を祀ったという。
それを聞いた大橋龍慶という長者が、天照皇大神宮を勧請して祠を建て、その後、諸難消除、病気平癒、安産、弓術皆中などの祈願者が後を絶たなくなったという。
現存の神門は幕末の天保15年/弘化元年(1845年)建造。区認定の地域文化財。戦前には珍しくなかった薬医門型の神門だが、当社のものは戦災をくぐり抜けたということか。
明治6年(1873年)、神明宮と称していたが、現社号に改称。原町1丁目の鎮守として崇敬されている。御祭神は天照皇大神。
例祭は9月第1土・日曜日。17時半から20時半まで、盆踊り大会が行われる。珍しく、「新・東京音頭」なども踊れるという。当日は模擬店なども出る。
境内には、桃の神を祀った桃祖神社がある。桃の節句にはイベントがあるという。
【ご利益】
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