戸田の総鎮守、関東大震災の碑、昔話通りのいぼとり石
八幡神社 神奈川県厚木市戸田1055
[住所]神奈川県厚木市戸田1055
[電話]042-748-5925

八幡神社(はちまんじんじゃ)は、神奈川県厚木市戸田にある神社。御朱印の有無は不明。

入口には青銅製の靖国鳥居が建ち、広々とした境内の奥中央、拝殿脇に社号標が建つ。創建年代や由緒は不詳。御祭神は応神天皇。戸田の総鎮守として崇敬された。

江戸時代前期の慶安2年(1649年)8月、徳川幕府から社領8石の御朱印地を賜り、明治初年に上知されるまで続けられていたという。

江戸時代後期の『新編相模国風土記稿』には、「社地相模川の辺りにありしが、大水の時度々崩れしにより文政十一年(1828年)十一月、別当寺境内に移す」とある。

旧社地は下戸田字「舟場」の地に氏子一同の共有地となって今も残されているという。

社殿の扁額には「八幡宮」とあるが、明治初期に現社号に改めたという。明治末までは相模川を渡る、戸田の渡しがあり、大山参詣路の要衝となっていた。

大正12年(1923年)9月1日に発生した関東大地震では、相川村で死者31名、全壊369戸を数え、当社境内には昭和4年(1929年)9月建立の震災の様子を伝える碑がある。
大正十二年九月一日正午前二分俄然響アリテ大地震撼シ山河崩レ屋宇仆レ死傷算ナシ特ニ此地ハ震源ニ近シト云フ惨烈想フベシ 今茲恰モ七周年ニ當ル相川村字戸田中分ノ人相謀リ禮位ヲ設ケテ死者ノ魂ヲ祭リ併セテ文ヲ石ニ勒シ以テ不虞ノ天災ニ備フルノ用意ヲ来者ニ促ス
昭和四年九月一日
なお、当社からほど近い子易神社にも同時期同趣旨の碑があり、また、そのさらに約400メートル北にある相川中学校の北側に「大震災記念」という大型の石碑がある。

1キロの区間に3基の碑が残されていることになる。当社殿は実際、関東大震災で倒壊、大正14年(1925年)に古材を用いて再建された。

昭和52年(1977年)3月にも再建が実施された。御神体として本殿内に高さ44センチの石造光背付八幡菩薩の座像が祀られている。

入母屋造り唐破風付きの屋根を持つ拝殿は、鳳凰、龍などの彫刻が施され、また、脇障子にも透かし彫りの龍が填め込まれている。

境内には道祖神、双体道祖神、又三猿が三方に彫り別けられた庚申塔などがある。さらに「いぼとり石」がある。

「戸田の八幡さまのいぼとり石」という、市内の昔話として伝わっているもの。この石を身体のいぼなどに付けると不思議にも全快すると伝えられている。

例祭は4月第3日曜日。他に、歳旦祭が1月1日、祈年祭・春祭が2月17日、新嘗祭・秋祭が11月23日。

なお、当社は、市内戸田の、先述の子易神社や、御霊神社若宮八幡神社などを兼務している。

【ご利益】
厄災除け、病気平癒、身体壮健
八幡神社 神奈川県厚木市戸田
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