平良文が日吉を勧請、室町期に遷座、江戸初期に造営、近隣の祠
[住所]神奈川県藤沢市渡内3-8-10
[電話]045-311-5401 - 大綱金刀比羅神社

日枝神社(ひえじんじゃ)は、神奈川県藤沢市渡内にある神社。近代社格では村社。渡内日枝神社(わたうちひえじんじゃ)とも。現在は大綱金刀比羅神社の兼務社である。御朱印の有無は不明。

桓武天皇の孫、高望王の子にあたる村岡五郎太夫平良文が相模国の郷を下賜され、三浦・梶原・大庭・長尾・畠山・千葉・上総・土肥など関東八平氏の祖となった。

平安時代の天慶年間(938年-947年)、その平良文が村岡村渡内に邸宅を定めた際、宮山の地に日吉山王大権現を勧請し、山神社と称え、守護神としたのが起源だという。

室町時代の応永27年(1421年)、福原左衛門平忠次が社殿を現在地に遷座、同時に良文を合祀した。江戸時代初期の慶長12年(1608年)6月、福原孫十郎重種が社殿を造営した。

『新編相模国風土記稿』渡内村の条にも「山神社」と記載され、「峯渡内の鎮神なり。村岡良文の霊を合祀す」とある。末社として、山神・秋葉が記載されている。

江戸時代後期の天保9年(1839年)、地頭加藤三左衛門藤原明随・福原左兵太平高峯・村岡六蔵平良毅などにより本社の覆殿が再建された。

御祭神は、大山咋命・村岡良文公。明治6年(1873年)12月、村社に列した。例祭は9月15日、現在は9月第2日曜日に斎行されている。

祭礼では、大人神輿、子供神輿、山車などが出て、囃子が奏でられる。

土地開発の整備にともな、現在の社地はコンクリート擁壁で囲まれ、その一段高いところに社殿がある。境内では相州村岡七福神の弁財天が祀られている。

境内右側の祠は、渡内4-1、県道小袋谷・藤沢線沿いの渡内バス停北側あたりにあったものを、平成10年(1998年)、区画整理事業に伴い移設したもの。

中央の祠は、峯渡内村の名主家にあったもので、もとは現在地より東に70メートルほどのところに鎮座していた。平成20年(2008年)、区画整理事業に伴い移設。

左の祠は坪井三社大権現(源頼義・源義家・徳川家康)で、もとは現在地より北東140メートルほど、本在寺公園の山頂に祀ってあったもの。

境内には、小ぶりな手水鉢であるが、日露戦争の凱旋を紀念して奉納されたもの。正面に陸軍を表す星章が刻されている。

【ご利益】
家内安全、地域安全、身体壮健、厄災除け
日枝神社 神奈川県藤沢市渡内
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