第7代孝霊天皇の皇子と母を祀る、洪水を治める神「光徳寺さん」
[住所]徳島県徳島市不動東町4-569-1
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天佐自能和気神社(あまさしのわけじんじゃ)は、徳島県徳島市不動東町にある神社。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 南海道神 阿波国 名方郡「天佐自能和氣神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

創祀年代は不詳。社伝によれば、その昔、鮎喰川(あくいがわ)の上流より流れ着き、ここに祀られたと伝えたという。

鮎喰川上流の徳島市神山町高根の南西には高城山という山がある。

御祭神は日子刺肩別尊。第7代孝霊天皇の皇子である。姉に夜麻登登母母曾毘売命、弟に大吉備津日子命がいる。

『古事記』にしか見えない皇子で、高志之利波臣・豊前之国前臣・五百原君・角鹿海直の祖とされている。当地よりも、北陸に縁がありそう

その後、その母である孝霊天皇の妃、意冨夜麻登玖邇阿礼比売命を勧請、奉斎し、さらに後に神皇産霊尊高皇産霊尊を合祀した。

意富夜麻登玖迩阿礼比売命の父は、和知津美命といい、第3代安寧天皇の第3皇子である師木津日子命の皇子。

和知津美命が淡路御井宮(淡道之御井宮)に座したため、日子刺肩別命を淡路に近い、阿波の国高崎の地に奉斎したという。

現在までに、当社御祭神は、高皇産霊尊・神皇産霊尊・意富夜麻登玖迩阿礼比売命・日子刺肩別命の順に記載されている。

明治までは、現在地の北1キロほどの地に鎮座。現在は、吉野川の改修により川底になっている。

『名神序頌』に「旧号を高木権現と云ふ 洪水ある毎に鼓聲祠中に鳴る。遠近之を聞くこと一の如し、乃ち横流の災なし、人心以て安んじ土人之を竜神と謂ふ」とある。

明治32年(1899年)、未曾有の洪水があったが、氏子が一心に大神の加護を念じると、殿内から御神楽の音が高く聞こえ、たちまち水が治まったと伝わる。

旧地は「光徳寺」と呼ばれ、実際に光徳寺という寺と並んで鎮座していたという。現在も、当社は「光徳寺さん」と呼ばれているという。

吉野川改修のため、大正年間(1912年-1926年)に現在地に遷座。昭和44年(1969年)、火災に遭い、翌昭和45年(1970年)に再建された。これが現在の社殿。

神紋は、『式内社調査報告』には、菊紋とあり、境内の石碑にも菊紋が付いていたが、拝殿には鷹羽紋がある。

例祭は10月16・17日。祭り以後の3日間、参拝が禁じられているという。境内摂社に、若宮神社、金刀比羅神社、八阪神社がある。

【ご利益】
厄災除け、子宝・安産、諸願成就
天佐自能和気神社 徳島県徳島市不動東町
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