平安前期創建を含む村内五社を合併、菊名の総鎮守「がまんさま」
[住所]神奈川県横浜市港北区菊名6-5-14
[電話]045-431-9344

菊名神社(きくなじんじゃ)は、神奈川県横浜市港北区菊名にある神社。近代社格では村社。東急東横線・JR横浜線「菊名駅」東口から徒歩3分。

菊名の地は、古くは「葛名」と呼ばれていた。その後、当地に菊が多く咲いていたことから「名菊」と呼ばれるようになった。

しかし、「名菊」は「嘆く」に語感が似ているため、ひっくり返して「菊名」となったという。旧武蔵国橘樹郡菊名村である。

当地には社伝によれば五社、『新編武蔵風土記稿』によれば四社の神社が各地域の鎮守として崇敬されていたという。

『新編武蔵風土記稿』には、「八幡社」「神明社」「鐙明神社」「杉山社」とある。社伝ではこの他に、浅間神社があったという。

それぞれの別当は、八幡社が本乗院、神明社と杉山社が法華寺、鐙明神社が長福寺。なお、この杉山神社は杉山神社72社の一つである。

明治になり、この中の八幡神社(譽田別命)が村社に列した。鐙明神社は阿府神社のことで、それも含め他の四社は無格社となった。

四社の御祭神は、神明社が天照皇大神、杉山神社が日本武尊、浅間神社が木花咲耶姫命、阿府神社が武内宿禰命

この中で、阿府神社が最も古い。平安時代前期の任和元年(885年)、光孝天皇が師岡熊野神社を創建する際、勅使がその途上、馬具の鎧を納めたことが創建の由来だという。

昭和10年(1935年)、現在は菊名町公園となっているもとの杉山神社の地に五社すべてが合祀され、現社号に改称した。

太平洋戦争の戦火を逃れてからは、同所を保健所建設用地として提供するため、当時の八幡神社の地に社殿を移設した。菊名の総鎮守として崇敬されている。

昭和32年(1957年)、社殿の改修、社務所・神楽殿の新築が行われた。平成9年(1997年)、参集殿・神楽殿が新設された。

平成23年(2011年)、50年ぶりとなる大々的な社殿改修工事が行われ、近代的な造りの社殿が完成した。

新たに完成した拝殿の天井には、中心に「菊」の花を配し、四方には「がまんさま」によって守られる24枚の天井画が飾られてある。

「がまんさま」は、当社の鳥居をくぐって左側にある、江戸時代中期の寛政年間(1789年-1801年)造立の手水鉢の四隅で手水鉢を支え続ける4体の鬼の石像。

手水鉢の下とは別に本殿横にも「がまんさま」の像が置かれている。その我慢強い姿勢が、人の道においても努力・忍耐こそが開運を招くもとであると諭しているもの。

参拝すれば、御朱印を頂けるが、その御朱印にも「がまんさま」が描かれ、当社のシンボルになっている。なお、「がまん焼き」と名付けられた人形焼きも頂ける。

例祭は9月17日。現在はそれに近い土・日曜日に行われ、秋季例大祭。菊名駅近くまで多くの露店が並び、各町会の提灯が掲げられ、夕方からは氏子の方々の奉納演芸もある。

両日とも、町会神輿・商店会神輿、山車などが氏子区域を巡幸、例大祭当日の21時から餅まきが行われる。

また、1月7日は七草で、お祓いで体を清めたあと、1年の無病息災を願って、セリやスズナなど春の七草を使ったおかゆが参加者に振る舞われる。

2月3日の節分には豆まきが行われる。

【ご利益】
厄災除け、開運招福、安産、地域安全(公式HP
菊名神社 神奈川県横浜市港北区菊名
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