平安期創建、関東三雷神の一社、江戸中期の本殿、竹垣直温の碑
[住所]茨城県つくば市上郷4528
[電話]029-847-2507
金村別雷神社(かなむらわけいかずちじんじゃ/かなむらわけいかづちじんじゃ/かなむらべつらいじんじゃ)は、茨城県つくば市上郷にある神社。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
群馬県邑楽郡板倉町の雷電神社、茨城県水戸市の別雷皇太神と並ぶ、関東三雷神の一社とされる。茨城百景の一つ。
小貝川のほとり、つくば市上郷の宮東に鎮座する。地域住民の厚い信仰を集め、雷神として関東地方でその名を知られる。関東地方の雷神信仰において、当社は、雷電神社に次ぐ規模だという。
「雷」の付く神社の鎮座地は、いずれも落雷多発地域であり、社地が自然堤防上の微高地や氾濫原など河川や湖沼沿いにあるという共通点がある。
当社は沖積低地の氾濫原にあるが、境内地が冠水することはなかったという。鎮座地の標高は約14メートル。
平安時代の承平元年(931年)、中世に鎮座地の周辺地域で勢力を有していた豊田氏の初代領主である豊田将基が、京都の賀茂別雷神社(上賀茂神社)から御分霊を勧請して創建した。
ただし、伝わる創建由緒は前九年の役のもの。前九年の役は永承6年(1051年)から康平5年(1062年)まで行われ、創建年代としては100年以上の開きがある。。
前九年の役で豊田将基が源義家に随伴して清原武衡の討伐に臨んだ際、阿武隈川を渡れずに苦労した。その時、後冷泉天皇から勅許された金色の龍旗から龍が飛び出した。
将基らは一族を率いて龍の上を渡って敵陣に切り込み、武功を揚げて従五位下下総守副将軍の地位を得た。そこでこの龍旗を御神体として社を建立し、旗の色から「金村神社」とも呼ばれるようになった。
御祭神は別雷大神。雷を支配する神であり、荒魂・和魂双方の性格を有するという。雨乞いの神であり、家内安全・無病息災、雷除けや疱瘡治癒の神としても信仰されている。
豊田氏が滅亡し、多賀谷氏が治める時代になると社殿が荒廃し、水の祠として残ったという。江戸時代後期の寛政12年(1800年)『上郷村明細帳』にも「水の祠」とある。
『上郷村明細帳』には他に、村民が社殿を造立し、寛文10年(1670年)の検地の際に曽根五郎左衛門が現在の社地を賜って遷座した、ともある。
往時、境内に明光院の別当が置かれていた。別当職は豊田氏が権勢を振るっていたうちは豊田氏一族または重臣が務めたという。
江戸時代中期の正徳4年(1714年)、現在の本殿が建立された。こけら葺き、一間社流造。彫刻を多用した豪華な装飾が施されている。
また、本殿を覆う銅板葺きの覆屋は、天保2年(1831年)に改築されたと考えられ、本殿とともに、県の指定有形文化財。
文化12年(1815年)、竹垣直温の頌徳碑(しょうとくひ)が境内に建立された。直温は上郷陣屋に入って徳政を行ったことから人々に慕われた。この碑をなでると子宝に恵まれるという。
江戸時代後期になると参道沿いの約250メートルにわたって鳥居前町が形成された。
明治になり、明光院が廃寺。明治12年(1879年)、現在のトタン葺き、入母屋造の拝殿・瓦葺きの神楽殿・トタン葺きの回廊が再建された。いずれも市の指定有形文化財。
昭和になり、1960年代、小貝川の改修工事によって、町全体が堤防の左岸に移転。鳥居前町はなくなった。その跡地は、参拝者の駐車場として利用されている。
例祭は旧暦3月15日に催行されていたが、平成5年(1993年)以降、新暦4月第3土・日曜日に行われている。
正式名は「春大祭」で、「お雷まち」とも呼ばれる。竜神舞や稚児舞が奉納される他、無病息災を祈念した紅白の餅まきも行われる。
当日は参道には露天商も多く出店し、境内は賑わう。赤飯を炊いて草餅を作って参拝する習慣があった。他に1月1日、前年11月26日に眠りに就いた竜神の目覚めを祝う御目覚祭(初祈祷)がある。
拝殿内にある神社名の額・幟・太鼓は講社から寄贈されたもの。金村講が結成され、太々講・祈念講・日月年参講・春秋団体講などからなる。
境内は1613坪。養蚕神社など境内社が10社ある。境内にはケヤキやエノキが茂る。市内では、ロケーション撮影が多く行われている。
・テレビドラマ『ちびまる子ちゃん』(2006年、フジテレビ)
・テレビドラマ『砂時計』(2007年、TBS)
・テレビドラマ『山田太郎ものがたり』(2007年、TBS)
・テレビドラマ『はだしのゲン』(2007年、フジテレビ)
・大河ドラマ『篤姫』(2008年、NHK)
・映画『ドロップ』(2009年、角川映画)
・大河ドラマ『龍馬伝』(2010年、NHK)
・テレビドラマ『モテキ』(2010年、テレビ東京)
・映画『これでいいのだ!!映画★赤塚不二夫』(2011年、東映)
境内の井戸は、当社で最も重要とされた降雨祈願(雨乞い)の聖性の象徴とされ、1960年代頃まで儀式に用いられた。
【ご利益】
落雷除け、病気平癒、家内安全、無病息災、学業・受験合格

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[電話]029-847-2507
金村別雷神社(かなむらわけいかずちじんじゃ/かなむらわけいかづちじんじゃ/かなむらべつらいじんじゃ)は、茨城県つくば市上郷にある神社。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
群馬県邑楽郡板倉町の雷電神社、茨城県水戸市の別雷皇太神と並ぶ、関東三雷神の一社とされる。茨城百景の一つ。
小貝川のほとり、つくば市上郷の宮東に鎮座する。地域住民の厚い信仰を集め、雷神として関東地方でその名を知られる。関東地方の雷神信仰において、当社は、雷電神社に次ぐ規模だという。
「雷」の付く神社の鎮座地は、いずれも落雷多発地域であり、社地が自然堤防上の微高地や氾濫原など河川や湖沼沿いにあるという共通点がある。
当社は沖積低地の氾濫原にあるが、境内地が冠水することはなかったという。鎮座地の標高は約14メートル。
平安時代の承平元年(931年)、中世に鎮座地の周辺地域で勢力を有していた豊田氏の初代領主である豊田将基が、京都の賀茂別雷神社(上賀茂神社)から御分霊を勧請して創建した。
ただし、伝わる創建由緒は前九年の役のもの。前九年の役は永承6年(1051年)から康平5年(1062年)まで行われ、創建年代としては100年以上の開きがある。。
前九年の役で豊田将基が源義家に随伴して清原武衡の討伐に臨んだ際、阿武隈川を渡れずに苦労した。その時、後冷泉天皇から勅許された金色の龍旗から龍が飛び出した。
将基らは一族を率いて龍の上を渡って敵陣に切り込み、武功を揚げて従五位下下総守副将軍の地位を得た。そこでこの龍旗を御神体として社を建立し、旗の色から「金村神社」とも呼ばれるようになった。
御祭神は別雷大神。雷を支配する神であり、荒魂・和魂双方の性格を有するという。雨乞いの神であり、家内安全・無病息災、雷除けや疱瘡治癒の神としても信仰されている。
豊田氏が滅亡し、多賀谷氏が治める時代になると社殿が荒廃し、水の祠として残ったという。江戸時代後期の寛政12年(1800年)『上郷村明細帳』にも「水の祠」とある。
『上郷村明細帳』には他に、村民が社殿を造立し、寛文10年(1670年)の検地の際に曽根五郎左衛門が現在の社地を賜って遷座した、ともある。
往時、境内に明光院の別当が置かれていた。別当職は豊田氏が権勢を振るっていたうちは豊田氏一族または重臣が務めたという。
江戸時代中期の正徳4年(1714年)、現在の本殿が建立された。こけら葺き、一間社流造。彫刻を多用した豪華な装飾が施されている。
また、本殿を覆う銅板葺きの覆屋は、天保2年(1831年)に改築されたと考えられ、本殿とともに、県の指定有形文化財。
文化12年(1815年)、竹垣直温の頌徳碑(しょうとくひ)が境内に建立された。直温は上郷陣屋に入って徳政を行ったことから人々に慕われた。この碑をなでると子宝に恵まれるという。
江戸時代後期になると参道沿いの約250メートルにわたって鳥居前町が形成された。
明治になり、明光院が廃寺。明治12年(1879年)、現在のトタン葺き、入母屋造の拝殿・瓦葺きの神楽殿・トタン葺きの回廊が再建された。いずれも市の指定有形文化財。
昭和になり、1960年代、小貝川の改修工事によって、町全体が堤防の左岸に移転。鳥居前町はなくなった。その跡地は、参拝者の駐車場として利用されている。
例祭は旧暦3月15日に催行されていたが、平成5年(1993年)以降、新暦4月第3土・日曜日に行われている。
正式名は「春大祭」で、「お雷まち」とも呼ばれる。竜神舞や稚児舞が奉納される他、無病息災を祈念した紅白の餅まきも行われる。
当日は参道には露天商も多く出店し、境内は賑わう。赤飯を炊いて草餅を作って参拝する習慣があった。他に1月1日、前年11月26日に眠りに就いた竜神の目覚めを祝う御目覚祭(初祈祷)がある。
拝殿内にある神社名の額・幟・太鼓は講社から寄贈されたもの。金村講が結成され、太々講・祈念講・日月年参講・春秋団体講などからなる。
境内は1613坪。養蚕神社など境内社が10社ある。境内にはケヤキやエノキが茂る。市内では、ロケーション撮影が多く行われている。
・テレビドラマ『ちびまる子ちゃん』(2006年、フジテレビ)
・テレビドラマ『砂時計』(2007年、TBS)
・テレビドラマ『山田太郎ものがたり』(2007年、TBS)
・テレビドラマ『はだしのゲン』(2007年、フジテレビ)
・大河ドラマ『篤姫』(2008年、NHK)
・映画『ドロップ』(2009年、角川映画)
・大河ドラマ『龍馬伝』(2010年、NHK)
・テレビドラマ『モテキ』(2010年、テレビ東京)
・映画『これでいいのだ!!映画★赤塚不二夫』(2011年、東映)
境内の井戸は、当社で最も重要とされた降雨祈願(雨乞い)の聖性の象徴とされ、1960年代頃まで儀式に用いられた。
【ご利益】
落雷除け、病気平癒、家内安全、無病息災、学業・受験合格

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