鎌倉期より崇敬、新田義貞が社参、境内の八坂神社が浜降祭参加
[住所]神奈川県茅ヶ崎市本村4-13-40
[電話]0467-82-2384 - 第六天神社
八王子神社(はちおうじじんじゃ)は、神奈川県茅ヶ崎市本村にある神社。近代社格では村社。本村八王子神社とも。現在は第六天神社の兼務社である。御朱印の有無は不明。
創建年代は不詳。古くは八王子権現と称され、円蔵寺の守護神として祀られていたという。
当社を中心とする一帯を本村と称することは、茅ヶ崎発祥の本源を立証するものとの説がある。旧社領地内には墳墓が所在し、当社祭祀や信仰との関わりも考えられる。
鎌倉幕府開府後は、将士の武運長久を祈る者が多くなったという。鎌倉時代末期の元弘3年(1333年)5月18日、新田義貞が鎌倉に討ち入りの際、当社に祈請したと伝わる。
鎌倉の北条氏政権を滅ぼした後、南北朝時代の建武2年(1335年)、義貞は上洛の途次に社参し、社殿を改修したという。
江戸時代前期の慶安2年(1649年)、3代将軍徳川家光より、八王子権現鎮守なり、社領500石あまりの御朱印を賜ったという。
江戸時代中期の延享3年(1746年)11月、社殿を再建した。明治5年(1872年)、神仏分離が行なわれて円蔵寺より独立、現社号に改称し、茅ヶ崎市本村の鎮守となった。
村社に列し、明治43年(1910年)、幣帛料供進社に指定された。大正12年(1923年)の関東大震災で崩壊したものの、昭和2年(1927年)、再建された。
その現在の拝殿の、唐破風の懸魚には鶴に乗った老人像、向拝に男女像や龍など、見事な彫刻が施されている。
その後、郷社として昇格申請がされたが、大東亜戦争が勃発し、終戦とともに、社格制度が廃止され現在に至る。
御祭神は、八王子大神。五男三女命のことで、市寸嶋比売命・多紀理毘売命・多岐都比売命の宗像三女神と、正勝吾勝速日天忍穂耳命・天之菩卑能命・天津日子根命・活津彦根命・熊野久須毘命。
境内末社に、八坂神社(須佐之男命)、本村天満宮(菅原道真命)、本村稲荷神社(宇迦之御魂神)がある。
本村天満宮の参道口には、「垂乳根の大銀杏」と呼ばれる御神木の公孫樹(イチョウ)がある。稲荷社の社殿には、弘化5年(1848年)の木板が残る。
八坂神社の創建年代は不詳だが、その社殿は江戸時代後期の文化10年(1811年)再建。かっては祇園さま・氷川さま・熊野さま・天王さまと呼ばれた。
この八坂神社は、本村八坂神社とも呼ばれ、毎年7月の海の日に神奈川県茅ヶ崎市西浜海岸で行なわれる浜降祭(はまおりさい)に参加する一社である。
当社の例祭は9月1日で例大祭。1月14日がどんど焼で、だんご焼とも。団子を焼いて食べれば風邪をひかず、書き初めを焚き上げれば書道が上達するという。
昭和2年造立の石鳥居には、草木・三つ巴紋等が刻まれた石扁額がかかる。鳥居横には、関東大震災で倒れた旧鳥居が残されている。他に様々な庚申塔も残されている。
なお、市内には本村の当社を含め、菱沼と室田に当社と同名の神社がある。
【ご利益】
五穀豊穣、家内安全、身体壮健、交通安全、学業成就、武運長久
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・浜降祭とは? - 7月海の日、神奈川県茅ヶ崎市西浜海岸で行われる神輿一斉渡御
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八王子神社(はちおうじじんじゃ)は、神奈川県茅ヶ崎市本村にある神社。近代社格では村社。本村八王子神社とも。現在は第六天神社の兼務社である。御朱印の有無は不明。
創建年代は不詳。古くは八王子権現と称され、円蔵寺の守護神として祀られていたという。
当社を中心とする一帯を本村と称することは、茅ヶ崎発祥の本源を立証するものとの説がある。旧社領地内には墳墓が所在し、当社祭祀や信仰との関わりも考えられる。
鎌倉幕府開府後は、将士の武運長久を祈る者が多くなったという。鎌倉時代末期の元弘3年(1333年)5月18日、新田義貞が鎌倉に討ち入りの際、当社に祈請したと伝わる。
鎌倉の北条氏政権を滅ぼした後、南北朝時代の建武2年(1335年)、義貞は上洛の途次に社参し、社殿を改修したという。
江戸時代前期の慶安2年(1649年)、3代将軍徳川家光より、八王子権現鎮守なり、社領500石あまりの御朱印を賜ったという。
江戸時代中期の延享3年(1746年)11月、社殿を再建した。明治5年(1872年)、神仏分離が行なわれて円蔵寺より独立、現社号に改称し、茅ヶ崎市本村の鎮守となった。
村社に列し、明治43年(1910年)、幣帛料供進社に指定された。大正12年(1923年)の関東大震災で崩壊したものの、昭和2年(1927年)、再建された。
その現在の拝殿の、唐破風の懸魚には鶴に乗った老人像、向拝に男女像や龍など、見事な彫刻が施されている。
その後、郷社として昇格申請がされたが、大東亜戦争が勃発し、終戦とともに、社格制度が廃止され現在に至る。
御祭神は、八王子大神。五男三女命のことで、市寸嶋比売命・多紀理毘売命・多岐都比売命の宗像三女神と、正勝吾勝速日天忍穂耳命・天之菩卑能命・天津日子根命・活津彦根命・熊野久須毘命。
境内末社に、八坂神社(須佐之男命)、本村天満宮(菅原道真命)、本村稲荷神社(宇迦之御魂神)がある。
本村天満宮の参道口には、「垂乳根の大銀杏」と呼ばれる御神木の公孫樹(イチョウ)がある。稲荷社の社殿には、弘化5年(1848年)の木板が残る。
八坂神社の創建年代は不詳だが、その社殿は江戸時代後期の文化10年(1811年)再建。かっては祇園さま・氷川さま・熊野さま・天王さまと呼ばれた。
この八坂神社は、本村八坂神社とも呼ばれ、毎年7月の海の日に神奈川県茅ヶ崎市西浜海岸で行なわれる浜降祭(はまおりさい)に参加する一社である。
当社の例祭は9月1日で例大祭。1月14日がどんど焼で、だんご焼とも。団子を焼いて食べれば風邪をひかず、書き初めを焚き上げれば書道が上達するという。
昭和2年造立の石鳥居には、草木・三つ巴紋等が刻まれた石扁額がかかる。鳥居横には、関東大震災で倒れた旧鳥居が残されている。他に様々な庚申塔も残されている。
なお、市内には本村の当社を含め、菱沼と室田に当社と同名の神社がある。
【ご利益】
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