古くからの癒しの杜「天の宮」、浜降祭のルーツ「天保神輿」伝わる
[住所]神奈川県高座郡寒川町岡田4-20-39
[電話]0467-74-7871

菅谷神社(すがやじんじゃ)は、神奈川県高座郡寒川町岡田にある神社。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

創建年代は不詳。往古より天照大神を奉斎して神明宮と称し、通称天の宮(てんのみや)として崇敬されてきたという。現在は癒しの杜とも。

当地は相模国一宮である寒川神社に隣接する、古代より拓けた地であり、塔の塚、応神天皇を祀るといわれる応神塚などが点在する。

多くの出土品もあり、早い時期に古代社会が営まれていたことが推測され、当社はその中心に位置するような立地に鎮座している。

『新編相模国風土記稿』岡田村の条にも「神明宮当村(岡田村)及小谷・大蔵三村の鎮守とする云々」とある。

明治4年(1871年)2月1日、村社に列した。明治42年(1909年)7月23日には村内各所に鎮座した以下の5社を合祀、現社号に改称した。

・岡田村の無格社東守(とうす)権現社
・岡田村の無格社八坂神社
・岡田村の無格社山王社
・小谷村の村社稲荷社
・大蔵村の無格社諏訪神社

御祭神は、天照大神・建御名方命大山咋命倉稲魂命天忍穂耳命素盞鳴命。岡田・小谷・大蔵地区の産土神社となった。

例祭は7月14日で例大祭。7月第1日曜日が神幸祭で、氏子区域内を隈なく渡御する。7月15日(現在は海の日)が浜降祭で、南湖の浜に渡御し、「暁の祭典」を執行する。

当社の神輿が寒川神社の前駆として往還供奉するのを吉例とする。それには下記の由緒とも関係するとみられる。

当社の神輿は、江戸時代後期の天保9年(1838年)5月、國府祭(大磯神揃山)に渡御した寒川神社の神輿で、いわゆる「天保神輿」である。

その帰路相模川の増水により神輿は一旦流失し、南湖の浜に引き上げられた。天保10年(1839年)、寒川神社との神縁により譲渡され修復したものである。

これはつまり、湖南地方随一の祭典である浜降祭のルーツとも伝わる、極めて貴重な神輿ということになる。古文書「天保神輿譲渡證文」壱巻も伝わる。

この神輿は、全国にも類をみない雄壮・華麗なものだったが、長年の奉仕により傷みがひどく、現在は御殿に奉安されている。町の重要文化財に指定されている。

なお、現在の神幸祭、浜降祭の渡御は昭和53年(1978年)6月、氏子崇敬者の浄財によって調製された神輿で斎行されている。

つまり、当社は毎年7月の海の日に神奈川県茅ヶ崎市西浜海岸で行なわれる浜降祭(はまおりさい)に参加する一社である。

なお、1月14日には、小正月神事である古神符及しめ飾焼納祭が行われ、古神符守札、しめ飾などを古式に則りお焚上げする。

他に、宝物として、古の氏子区域を示した「古地図」壱面が伝わる。

【ご利益】
家門繁栄・商売繁昌・交通安全・開運・勝運・厄難消除・病気平癒・学業成就
菅谷神社 神奈川県高座郡寒川町岡田
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菅谷神社 神奈川県高座郡寒川町岡田の御朱印