江戸初期に伏見稲荷を勧請、春日局が参詣した新銀稲荷、戦後再建
[住所]東京都千代田区神田多町2-5
[電話]-
一八稲荷神社(いっぱちいなりじんじゃ)は、東京都千代田区神田多町にある神社。御朱印の有無は不明。
創建年代は不詳だが、江戸時代初期、伏見稲荷大社から御分霊されて創建されたと伝わる。3代将軍徳川家光が眼病を患った際、春日局が当社の湧水を汲みに来たという。
御祭神は倉魂稲命。社名は、1日と8日に縁日が立ったことから呼ばれるようになり、戦前までは「新銀稲荷」と称されていたという。
特に防災・盗難除けの御神徳が高く、先の太平洋戦争で東京中が火の海と化した時も、当社のおかげで地元多町は焼失を免れたという。
戦後は近隣有志の協力により、一時に近所の松尾神社に御神体を預け、木造社殿からコンクリート造りの社殿として昭和43年(1968年)に再建、現在に至っている。
その際は稚児行列が行われるなど、再建・遷座の奉祝行事が行われていたようだ。
現在は長寿・商売繁盛の神として、一八稲荷維持会が組織され、例祭は旧暦の初午の日(3月中旬ごろ)。神田神社より神職を招いて神事が斎行されている。
【ご利益】
火防、厄災除け、長寿、商売繁盛

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一八稲荷神社(いっぱちいなりじんじゃ)は、東京都千代田区神田多町にある神社。御朱印の有無は不明。
創建年代は不詳だが、江戸時代初期、伏見稲荷大社から御分霊されて創建されたと伝わる。3代将軍徳川家光が眼病を患った際、春日局が当社の湧水を汲みに来たという。
御祭神は倉魂稲命。社名は、1日と8日に縁日が立ったことから呼ばれるようになり、戦前までは「新銀稲荷」と称されていたという。
特に防災・盗難除けの御神徳が高く、先の太平洋戦争で東京中が火の海と化した時も、当社のおかげで地元多町は焼失を免れたという。
戦後は近隣有志の協力により、一時に近所の松尾神社に御神体を預け、木造社殿からコンクリート造りの社殿として昭和43年(1968年)に再建、現在に至っている。
その際は稚児行列が行われるなど、再建・遷座の奉祝行事が行われていたようだ。
現在は長寿・商売繁盛の神として、一八稲荷維持会が組織され、例祭は旧暦の初午の日(3月中旬ごろ)。神田神社より神職を招いて神事が斎行されている。
【ご利益】
火防、厄災除け、長寿、商売繁盛

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