登戸の左官職人による見事な鏝絵の社殿、7月に天皇祭で露店
[住所]神奈川県川崎市多摩区登戸2297
[電話]044-911-8051

稲荷社(いなりしゃ)は、神奈川県川崎市多摩区登戸にある神社。登戸稲荷社、登戸稲荷神社、さらに登戸神社とも。御朱印の有無は不明。

創建年代は不詳。後述の天正18年(1580年)における洪水被害が記録されているので、それ以前の創建となる。

武田家家臣の吉沢兵庫が当地で帰農の際に邸内鎮守として草創、登戸村小名東耕地の鎮守として崇敬されたという。

安土桃山時代の天正18年、多摩川の洪水で社殿は流失したが、後、中村の旧屋敷の敷地を譲り受けて再建した。

もと鳥居前に寛政6年(1794年)刻銘の鳥居があったが嵐で倒潰し、社殿も大損傷を受けたため、現在の社殿が再建された。

『新編武蔵風土記稿』登戸村の条にも「稲荷社」とある。光明院が別当だった。入口に置かれた一対の石狐の根元に明治32年(1899年)銘が見られる。

御祭神は宇賀魂大神。近代の合祀だろうか、牛頭天王・天照皇大神大山咋神金山毘古神金山毘売神・第六天を併せて祀る。

衣食住の神で、特に安産・厄払いに御利益があると言われ、現在も七五三の時期には地元の親子が大勢訪れる。

例祭は9月第1日曜日で、秋季例大祭。7月第1日曜日には夏季大祭が行われ、天皇祭とも呼ばれるこの夏の祭典では、境内に多くの露店が出て賑わう。

ちなみに、天皇祭という名称は珍しい。牛頭天王にちなむ、天王祭だろうか。

川崎歴史ガイド「津久井道と枡形城址」に「稲荷社と左官職人」があり、この中の「稲荷社」が当社に相当する。

登戸には左官職人が多く、その腕前は東京、埼玉にまで評判が伝わっていたという。

その中でも、当社殿の外壁は漆喰の彫刻で飾られ、当時の左官たちの意気込みを伝えている。いわゆる鏝絵(こてえ)で、左官職人たちが、鏝ひとつで描き上げた壁画。

仕切り壁の木彫も見事であり、いずれも登戸に存在した「ものづくり」の精神を今に伝えるという。

イチョウやケヤキなどからなる社叢があり、市の保存樹林に指定されている。

なお、当社は現在、区内西生田の杉山社、市内麻生区細山の神明社などを兼務している。

【ご利益】
五穀豊穣・商売繁盛、安産、厄災除け、病魔退散、開運招福
稲荷社 神奈川県川崎市多摩区登戸
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