神功皇后が兵糧を集めた地、道真が上陸、宿をとり、松植えた天満宮
[住所]兵庫県明石市二見町東二見1323
[電話]078-942-3461
御厨神社(みくりやじんじゃ)は、兵庫県明石市二見町東二見にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。キャラクターお守りなど豊富な授与品がある。
往年の火災により、社殿とともに記録文書を消失し、創立の年月は不詳。
社伝によれば、神功皇后の西征の際、この二見浦に船を泊めて船子を加え、兵糧を集めた時、土地の者が食物を奉ったところという。
その故事によって、御厨、つまり「神饌を調進する所」の名が起った、ともいう。
一方、御厨という言葉は、主として伊勢の神宮(伊勢神宮)について使用されることから、伊勢神宮の荘園だったのではないかという説もある。
平安時代の貞観年間(859年-877年)に八幡宮を勧請。延喜元年(901年)、菅原道真が筑紫大宰府に左遷されて西行の途次、船をこの浦に寄せて社地に上陸した。
その縁により、寛和年間(985年-987年)に天満宮を勧請したという。その当時の社地は、現在の君貢神社付近と伝えられる。
道真はその地で一夜の宿をとり、その岡を「仮寝の岡」と呼ばれ、そこに手植えした松を「仮寝の松」として御神木としたという。
二見の名所となり、松は枯れたが、石碑は残っている。しかし、道真が休息したのは現在地であるという説もある。
なお、国安天満神社には、やはり道真の伝承が残り、「仮寝の丘」と呼ばれたという。
鳥居の傍らの松に「菅公腰掛松」というものがあったといい、また道真が右大臣であったところから、大臣の唐名である丞相を冠して地名とした丞相谷は、現社地の南方にある。
常盤木の森ともいい、付近一帯を御社の岡と呼ばれた卯ノ花ノ森の現在地に遷座したのは、長暦年間(1037年-1040年)と伝えられる。
土地柄から、船頭や回船業者など海運関係者の尊崇が厚く、割拝殿内に帆前船の絵馬と模型が奉納されている。
御祭神は、応神天皇(誉田別命)・菅原道真・素蓋鳴命(牛頭天王)の三社相殿。
ただし、『播磨鑑』には天満宮とあって、左が天満天神(菅原道真) 中が八幡宮(応神天王・神功皇后) 右が牛頭天王としている。
例祭は、10月20-26日の間の土・日曜日。例年、播磨町本荘の阿閇神社と同日に開催されている。鯛やタコを染め抜いたハッピ姿の若衆が担ぐ神輿が明石の秋祭りを彩る。
以前は湯立て神事が行われた。注連縄の下で大釜に湯を沸かし、その中に浸けた笹の葉で熱湯を振り掛けるもの。子供たちが湯を振り掛けてもらって無病息災を願った。
現在は、西の町・北の町・地蔵町・原の町・福里・西二見・岡の上・上西二見から布団太鼓の巡行がある。
7月10日・11日には祇園祭があり、境内に多くの出店がある。7月25日が夏祭、3月25日が春祭。厄除大祭は1月18日・19日、2月18日・19日、節分祭は2月3日。
なお、当社は旧加古郡において、毎年春、3月末から5月初頭のいずれかに行われる臨時の祭り、国恩祭を行う神社の一社。
二見梅林(ふたみばいりん)として約300本の梅が植えられており、2月25日には梅花祭がある。また桜の名所としても知られる。
境内社に、高良神社(武内宿称・大年神)、霊牛神社(渡会春彦)、金刀比羅神社(大物主命)、秋葉神社(武甕槌命)、朝日神社(天照大神)、夕日神社(豊受大神)、由加神社(手置帆負命)、稲荷神社(宇迦能魂命・大山祗命)がある。
大歳神社・君貢神社・上中西条八幡神社・草谷天神社・加古八幡神社・鳴岡稲荷神社・野寺天神社・野谷愛宕神社・川北住吉神社・蛭子神社・北辰神社・金刀比羅神社・愛宕神社・京極稲荷神社を兼務している。
【ご利益】
海上安全、交通安全、大漁満足・商売繁盛、厄災除け、学業・受験合格(公式HP)

【関連記事】
・兵庫県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、兵庫県に鎮座している神社の一覧
[電話]078-942-3461
御厨神社(みくりやじんじゃ)は、兵庫県明石市二見町東二見にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。キャラクターお守りなど豊富な授与品がある。
往年の火災により、社殿とともに記録文書を消失し、創立の年月は不詳。
社伝によれば、神功皇后の西征の際、この二見浦に船を泊めて船子を加え、兵糧を集めた時、土地の者が食物を奉ったところという。
その故事によって、御厨、つまり「神饌を調進する所」の名が起った、ともいう。
一方、御厨という言葉は、主として伊勢の神宮(伊勢神宮)について使用されることから、伊勢神宮の荘園だったのではないかという説もある。
平安時代の貞観年間(859年-877年)に八幡宮を勧請。延喜元年(901年)、菅原道真が筑紫大宰府に左遷されて西行の途次、船をこの浦に寄せて社地に上陸した。
その縁により、寛和年間(985年-987年)に天満宮を勧請したという。その当時の社地は、現在の君貢神社付近と伝えられる。
道真はその地で一夜の宿をとり、その岡を「仮寝の岡」と呼ばれ、そこに手植えした松を「仮寝の松」として御神木としたという。
二見の名所となり、松は枯れたが、石碑は残っている。しかし、道真が休息したのは現在地であるという説もある。
なお、国安天満神社には、やはり道真の伝承が残り、「仮寝の丘」と呼ばれたという。
鳥居の傍らの松に「菅公腰掛松」というものがあったといい、また道真が右大臣であったところから、大臣の唐名である丞相を冠して地名とした丞相谷は、現社地の南方にある。
常盤木の森ともいい、付近一帯を御社の岡と呼ばれた卯ノ花ノ森の現在地に遷座したのは、長暦年間(1037年-1040年)と伝えられる。
土地柄から、船頭や回船業者など海運関係者の尊崇が厚く、割拝殿内に帆前船の絵馬と模型が奉納されている。
御祭神は、応神天皇(誉田別命)・菅原道真・素蓋鳴命(牛頭天王)の三社相殿。
ただし、『播磨鑑』には天満宮とあって、左が天満天神(菅原道真) 中が八幡宮(応神天王・神功皇后) 右が牛頭天王としている。
例祭は、10月20-26日の間の土・日曜日。例年、播磨町本荘の阿閇神社と同日に開催されている。鯛やタコを染め抜いたハッピ姿の若衆が担ぐ神輿が明石の秋祭りを彩る。
以前は湯立て神事が行われた。注連縄の下で大釜に湯を沸かし、その中に浸けた笹の葉で熱湯を振り掛けるもの。子供たちが湯を振り掛けてもらって無病息災を願った。
現在は、西の町・北の町・地蔵町・原の町・福里・西二見・岡の上・上西二見から布団太鼓の巡行がある。
7月10日・11日には祇園祭があり、境内に多くの出店がある。7月25日が夏祭、3月25日が春祭。厄除大祭は1月18日・19日、2月18日・19日、節分祭は2月3日。
なお、当社は旧加古郡において、毎年春、3月末から5月初頭のいずれかに行われる臨時の祭り、国恩祭を行う神社の一社。
二見梅林(ふたみばいりん)として約300本の梅が植えられており、2月25日には梅花祭がある。また桜の名所としても知られる。
境内社に、高良神社(武内宿称・大年神)、霊牛神社(渡会春彦)、金刀比羅神社(大物主命)、秋葉神社(武甕槌命)、朝日神社(天照大神)、夕日神社(豊受大神)、由加神社(手置帆負命)、稲荷神社(宇迦能魂命・大山祗命)がある。
大歳神社・君貢神社・上中西条八幡神社・草谷天神社・加古八幡神社・鳴岡稲荷神社・野寺天神社・野谷愛宕神社・川北住吉神社・蛭子神社・北辰神社・金刀比羅神社・愛宕神社・京極稲荷神社を兼務している。
【ご利益】
海上安全、交通安全、大漁満足・商売繁盛、厄災除け、学業・受験合格(公式HP)

【関連記事】
・兵庫県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、兵庫県に鎮座している神社の一覧

コメント