近世には五社明神、江戸初期本殿、幕末絵馬、日野獅子舞
[住所]大阪府河内長野市高向291
[電話]0721-54-1007

高向神社(たこうじんじゃ)は、大阪府河内長野市高向にある神社。御朱印の有無は不明。

創祀・創建年代は不詳。御祭神は、素盞鳴命蛭子命天児屋根命保食神白山姫命菅原道真公。

『河内長野市史』によれば、江戸中期の宝暦14年(1764)の明細帳では、五社明神と称し、御祭神は天満大自在天神・八幡大菩薩・牛頭天王・稲荷大明神・天照皇大神宮となっているという。

三間社切妻造、檜皮葺、梁間一間の本殿は、江戸時代初期の慶長13年(1608年)の建立。江戸初期の遺構として貴重であり、市の有形文化財に指定されている。

中央に千鳥破風をあげる。正面には一間の向拝をつけるが、向唐破風造にしたもので珍しい形式。

向拝は海老虹梁で身舎とつなぐ。向拝では、面取角柱をたて虹梁を架して両端で象鼻としている。

正面には木階五級を置き、擬宝珠柱をたて登高欄で縁に昇る。縁を正・側面三方にめぐらし、擬宝珠高欄を据え、見切に脇障子を構える。脇障子は当初より存在したが、現在のものは後補である。

主屋柱円柱、上・下長押を打ち、正面では中央に双折格子戸を入れ、両脇では格子戸はめ殺しとするがいずれも新しい。他はすべて板壁である。

内部は、内・外陣にわけ、外陣は棹縁天井とし、内外陣境では、内法・腰長押を打って各間に板扉を装置するが、扉は5ヵ所にあり、内陣は五つに仕切っている。

内陣には、平安時代末から室町時代にかけての作とされる木造の女神、牛頭天王、男神の各坐像が安置されており、これもやはり市の文化財に指定されている。

当社には幕末の文久3年(1863年)に奉納された祭礼図絵馬が伝わっている。長方形の木枠に板材がはめられ、その表面に和紙をはり彩色されている。

中央に神社本殿を配し、その周りに3台の地車(だんじり)、神輿、御練の人々が描かれ、絵馬下部には家屋敷がみられる。

高向地区でだんじりが曳かれる様になったのは江戸時代の中頃とも伝えられており、市内でも最も早く曳かれた地区ではないかと考えられている。

市における江戸時代後期の祭礼の様子を知ることができる貴重な資料である。

明治になり、日野の春日神社(武甕槌命経津主命・比咩大神)、八坂神社(大己貴命)を合祀した。

現在の例祭は10月10日。絵馬に描かれたように、だんじりの曳行と宮入りがある。いわゆる南河内だんじり祭りの一つ。

絵馬に描かれている3台のだんじりは明治になってすべて売却され、現在使用されている3台のだんじりは、明治から大正時代に購入されたもの。

他に、こども獅子舞、日野獅子舞も奉納される。日野獅子舞は、市の無形民俗文化財に指定されている。

10月9日の宵宮の夜、日野地区の春日神社跡、現在の日野コミュニティセンター みのでホールで奉納される。当社では、当日の本宮、だんじりの宮入り後、奉納される。

「巣垣きの舞」「乱曲の舞」「床几の舞」「花の舞」「地巣籠りの舞」の計5曲からなっており、音楽には締太鼓・胴長太鼓・横笛・矛鈴・手拍子を使用。

袢纏・立付袴・鉢巻・襷がけで獅子頭を被り、演じられる。地方色豊かな獅子舞で、特に「地巣籠りの­舞」の狐と獅子が巧妙に戯れる場面は収穫を祝う典型例。

なお、日野獅子舞は、市内鳩原の川上神社などでも奉納される場合がある。

【ご利益】
厄災除け、五穀豊穣・商売繁盛、学業・受験合格
高向神社 大阪府河内長野市高向
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