平安前期に牛頭天王を奉斎した土居神社、悪疫退散、明治合祀で改称
[住所]大阪府守口市土居町2-22
[電話]06-6991-0419
守居神社(もりいじんじゃ)は、大阪府守口市土居町にある神社。近代社格では村社。土居駅北側の商店街の一角に鎮座する。参拝すれば、御朱印を頂ける。
平安時代前期、醍醐天皇の延喜18年9月19日(918年)、当地に鎮座した。御祭神は、素盞嗚尊・賀茂別雷神。素戔嗚尊奉祀神社「全国清々会」にも加盟している。
一方、社記によれば、天道神・太歳神・歳殺神、また素盞嗚尊(牛頭天王)・三輪明神・清瀧明神・日吉権現・新羅明神・三井神とも。
いずれも淀川流域の守護神として、神託に基づき当地に土居を築き、社殿を構えて奉斎されたのが始まり。地名も土居の庄と称し、以前までは土居神社と称した。
社記によれば、鎌倉時代、後宇多天皇の建治年間(1275年-1278年)、釈法仍沙門が当社を神仏護法の道場としたという。
その際、霊感によって本地垂迹説を称え、三社の御神体を奉じて祈祷修法を行い、神威の高貴なることを示したと伝わる。
南北朝時代末期、後小松天皇の嘉慶年間(1387年-1389年)、当地にも兵乱が起こり、疫病が流行したため、当社に祈願したところ、難を逃れたという。
室町時代、後花園天皇の寛正4年(1463年)、再び悪疫流行があった時、嘉慶の例にならい、悪事災難を除くために美花を作りて祭祀を修し、鎮花の災祭を行った。
これが、現今の夏祭・鎮花祭として今に伝えられている。
天文13年(1544年)7月9日、前代未聞の大洪水があり、大門や鳥居が流失し、社殿も損害が甚だしかったので、寄進を仰いで、かろうじて再興したという。
この際、それまで王城守護として北東向きだった神殿を南向きにしたという。
明治5年(1872年)8月、守口町大字土居字田東、現在の滝井に鎮座の産土神社(素盞嗚尊)を合祀した。
また、明治40年(1907年)10月10日、守口町字猿島、現在の桃町に鎮座の、渦神社とも呼ばれた大隅神社(賀茂別雷神)を合祀。
これにより、守口の総氏神として、現社号に改称された。
昭和9年(1934年)9月21日の室戸台風で、社域が荒れたため、氏子崇敬者の寄進を仰ぎ、境内地を拡張し、現今の社殿に造営・営繕が進められた。
昭和16年(1941年)10月、すべての工事が竣工し、遷座奉祝祭が盛大に執行された。昭和23年(1948年)6月には奉賛会が結成され、以後、境内整備が進んだ。
例祭は10月21日で、秋季大祭。7月25日に上述の室町期からの伝統である夏祭で、鎮花祭。3月末日曜日が稲荷神社大祭、12月4日が塞神社大祭で、道饗祭。
文化財として、「守居神社刀一口」がある。刀の中子に「備中守橘康廣」の銘があり、刀匠の一派である近江石堂派の分かれの康廣の作によるもの。
康廣は大坂石堂派の祖で、江戸時代前期の寛文年間(1661年-1673年)、大阪で作刀されたとされ、刀文は焼幅の広い丁字乱れが特色。府の指定有形文化財。
他に、淡路島の民家に百数十年間祀られていた恵比寿人形、狛犬、石灯籠、鳥居、献湯大釜がある。他に境内には、磐座や御神木も祀られている。
【ご利益】
病魔退散、厄災除け、開運招福など

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守居神社(もりいじんじゃ)は、大阪府守口市土居町にある神社。近代社格では村社。土居駅北側の商店街の一角に鎮座する。参拝すれば、御朱印を頂ける。
平安時代前期、醍醐天皇の延喜18年9月19日(918年)、当地に鎮座した。御祭神は、素盞嗚尊・賀茂別雷神。素戔嗚尊奉祀神社「全国清々会」にも加盟している。
一方、社記によれば、天道神・太歳神・歳殺神、また素盞嗚尊(牛頭天王)・三輪明神・清瀧明神・日吉権現・新羅明神・三井神とも。
いずれも淀川流域の守護神として、神託に基づき当地に土居を築き、社殿を構えて奉斎されたのが始まり。地名も土居の庄と称し、以前までは土居神社と称した。
社記によれば、鎌倉時代、後宇多天皇の建治年間(1275年-1278年)、釈法仍沙門が当社を神仏護法の道場としたという。
その際、霊感によって本地垂迹説を称え、三社の御神体を奉じて祈祷修法を行い、神威の高貴なることを示したと伝わる。
南北朝時代末期、後小松天皇の嘉慶年間(1387年-1389年)、当地にも兵乱が起こり、疫病が流行したため、当社に祈願したところ、難を逃れたという。
室町時代、後花園天皇の寛正4年(1463年)、再び悪疫流行があった時、嘉慶の例にならい、悪事災難を除くために美花を作りて祭祀を修し、鎮花の災祭を行った。
これが、現今の夏祭・鎮花祭として今に伝えられている。
天文13年(1544年)7月9日、前代未聞の大洪水があり、大門や鳥居が流失し、社殿も損害が甚だしかったので、寄進を仰いで、かろうじて再興したという。
この際、それまで王城守護として北東向きだった神殿を南向きにしたという。
明治5年(1872年)8月、守口町大字土居字田東、現在の滝井に鎮座の産土神社(素盞嗚尊)を合祀した。
また、明治40年(1907年)10月10日、守口町字猿島、現在の桃町に鎮座の、渦神社とも呼ばれた大隅神社(賀茂別雷神)を合祀。
これにより、守口の総氏神として、現社号に改称された。
昭和9年(1934年)9月21日の室戸台風で、社域が荒れたため、氏子崇敬者の寄進を仰ぎ、境内地を拡張し、現今の社殿に造営・営繕が進められた。
昭和16年(1941年)10月、すべての工事が竣工し、遷座奉祝祭が盛大に執行された。昭和23年(1948年)6月には奉賛会が結成され、以後、境内整備が進んだ。
例祭は10月21日で、秋季大祭。7月25日に上述の室町期からの伝統である夏祭で、鎮花祭。3月末日曜日が稲荷神社大祭、12月4日が塞神社大祭で、道饗祭。
文化財として、「守居神社刀一口」がある。刀の中子に「備中守橘康廣」の銘があり、刀匠の一派である近江石堂派の分かれの康廣の作によるもの。
康廣は大坂石堂派の祖で、江戸時代前期の寛文年間(1661年-1673年)、大阪で作刀されたとされ、刀文は焼幅の広い丁字乱れが特色。府の指定有形文化財。
他に、淡路島の民家に百数十年間祀られていた恵比寿人形、狛犬、石灯籠、鳥居、献湯大釜がある。他に境内には、磐座や御神木も祀られている。
【ご利益】
病魔退散、厄災除け、開運招福など

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