知井之庄9ヶ村の総社、美山かやぶきの里の中心的な神社、10月例祭
[住所]京都府南丹市美山町北
[電話]0771-77-0001 - 知井振興会
知井八幡神社(ちいはちまんじんじゃ)は、京都府南丹市美山町北にある神社。北八幡神社とも。御朱印の有無は不明。
旧北桑田郡美山町、南丹市美山町は京都府の中央に位置する山間の地域で、北村は由良川上流の右岸、小浜街道沿いに開けた集落であって、美山かやぶきの里として知られる。
創祀は平安時代の延久3年(1071年)。御祭神は応神天皇。知井之庄9ヶ村の総社として、当初は由良川の対岸、南村上宮に鎮座した。
ただし、その起源はさらに遡り、奈良時代の和銅6年(713年)、甲賀三郎兼家による八ツ頭の大鹿退治において、見事大鹿を退治した兼家が当地に建てた社とも伝わる。
この大鹿退治に従った家来たちの中には、この地にとどまり、村を拓き、氏子として当社の守り手になっていた人々もいたという。
古来、知井宮、大宮八幡宮などとも呼ばれた。戦国時代の永禄10年(1567年)に山崩れによる洪水で流出してしまい、その後元亀元年(1570年)に現在地に遷座した。
当地は、小浜と京都を結ぶ若狭街道の道筋にあたったため、往来の人たちで賑わう、旅の安全を守る神としても崇敬された。
現在の本殿は江戸時代中期の明和4年(1767年)に再建されたもの。この三間社流造の本殿の彫刻は丹波を代表するものとして広く知られている。
例祭は10月上旬。宵宮・例祭・神幸祭からなり、神輿の巡行が行われ、集落の中を練り歩くことで、厄払い、家内安全を祈願する。
境内社に、八坂神社と天満宮がある。
【ご利益】
厄災除け、家内安全、地域安全
【関連記事】
・京都府の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、京都府に鎮座している神社の一覧
[電話]0771-77-0001 - 知井振興会
知井八幡神社(ちいはちまんじんじゃ)は、京都府南丹市美山町北にある神社。北八幡神社とも。御朱印の有無は不明。
旧北桑田郡美山町、南丹市美山町は京都府の中央に位置する山間の地域で、北村は由良川上流の右岸、小浜街道沿いに開けた集落であって、美山かやぶきの里として知られる。
創祀は平安時代の延久3年(1071年)。御祭神は応神天皇。知井之庄9ヶ村の総社として、当初は由良川の対岸、南村上宮に鎮座した。
ただし、その起源はさらに遡り、奈良時代の和銅6年(713年)、甲賀三郎兼家による八ツ頭の大鹿退治において、見事大鹿を退治した兼家が当地に建てた社とも伝わる。
この大鹿退治に従った家来たちの中には、この地にとどまり、村を拓き、氏子として当社の守り手になっていた人々もいたという。
古来、知井宮、大宮八幡宮などとも呼ばれた。戦国時代の永禄10年(1567年)に山崩れによる洪水で流出してしまい、その後元亀元年(1570年)に現在地に遷座した。
当地は、小浜と京都を結ぶ若狭街道の道筋にあたったため、往来の人たちで賑わう、旅の安全を守る神としても崇敬された。
現在の本殿は江戸時代中期の明和4年(1767年)に再建されたもの。この三間社流造の本殿の彫刻は丹波を代表するものとして広く知られている。
例祭は10月上旬。宵宮・例祭・神幸祭からなり、神輿の巡行が行われ、集落の中を練り歩くことで、厄払い、家内安全を祈願する。
境内社に、八坂神社と天満宮がある。
【ご利益】
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