鎌倉中期の創建、府中大國魂神社を勧請か、3年に一度に山車巡行
[住所]東京都大田区下丸子4-16-5
[電話]03-3758-0351
下丸子六所神社(しもまるころくしょじんじゃ)は、東京都大田区下丸子にある神社。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
鎌倉時代中期、荏原郡の領主となった荏原左衛門尉義宗が、四條天皇の文暦元年(1234年)、当地に六柱の神々を奉斎したのが当社の創祀だという。
御祭神は、大己貴命・伊邪那岐命・素盞嗚命・大宮比売命・瓊々杵尊・布留大神。布留大神は、石上神宮で祀られている、十種神宝に宿る神霊の布留御魂大神だろうか。
この6柱が府中の大國魂神社の旧御祭神と同一であることから、大國魂神社から勧請したという説が有力だという。
江戸時代には、現在も当社から至近に位置する壽福山蓮光院円満寺が別当で、旧下丸子村の鎮守だった。
『新編武蔵風土記稿』下丸子村の条にも「六所明神社」とあり、村内中央の鎮守で、「除地4畝20歩」、「社3間半四方、前に石の鳥居あり」などとある。
また、末社として、天神社・稲荷社・三峰社が記載されている。現在、境内には五つの小祠があり、旭稲荷神社・すっとび稲荷神社・三峰神社・北野神社などとされる。
ただ、いずれも当社の正式な末社ではないようで、付近の講社に場所貸しをする形で、あるいは邸内社が持ち込まれた結果、当社境内に鎮座しているという。
明治になり、当社は独立して村社に列した。昭和13年(1938年)、本殿を造営し、嘉永5年(1852年)造の拝殿を改築した。平成26年(2014年)、社殿の改修が行われた。
例祭は8月第1日曜日。3年に一度、山車の巡行がある。なお、当社の近くには、下丸子諏訪神社が鎮座する。
【ご利益】
家内安全、地域安全、五穀豊穣・商売繁盛、病気平癒
【関連記事】
・東京都の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、東京都に鎮座している神社の一覧
[電話]03-3758-0351
下丸子六所神社(しもまるころくしょじんじゃ)は、東京都大田区下丸子にある神社。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
鎌倉時代中期、荏原郡の領主となった荏原左衛門尉義宗が、四條天皇の文暦元年(1234年)、当地に六柱の神々を奉斎したのが当社の創祀だという。
御祭神は、大己貴命・伊邪那岐命・素盞嗚命・大宮比売命・瓊々杵尊・布留大神。布留大神は、石上神宮で祀られている、十種神宝に宿る神霊の布留御魂大神だろうか。
この6柱が府中の大國魂神社の旧御祭神と同一であることから、大國魂神社から勧請したという説が有力だという。
江戸時代には、現在も当社から至近に位置する壽福山蓮光院円満寺が別当で、旧下丸子村の鎮守だった。
『新編武蔵風土記稿』下丸子村の条にも「六所明神社」とあり、村内中央の鎮守で、「除地4畝20歩」、「社3間半四方、前に石の鳥居あり」などとある。
また、末社として、天神社・稲荷社・三峰社が記載されている。現在、境内には五つの小祠があり、旭稲荷神社・すっとび稲荷神社・三峰神社・北野神社などとされる。
ただ、いずれも当社の正式な末社ではないようで、付近の講社に場所貸しをする形で、あるいは邸内社が持ち込まれた結果、当社境内に鎮座しているという。
明治になり、当社は独立して村社に列した。昭和13年(1938年)、本殿を造営し、嘉永5年(1852年)造の拝殿を改築した。平成26年(2014年)、社殿の改修が行われた。
例祭は8月第1日曜日。3年に一度、山車の巡行がある。なお、当社の近くには、下丸子諏訪神社が鎮座する。
【ご利益】
家内安全、地域安全、五穀豊穣・商売繁盛、病気平癒
【関連記事】
・東京都の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、東京都に鎮座している神社の一覧
コメント