市内最古の安産の神、7月祇園祭で神輿宮入り、8月に薪能
[住所]東京都八王子市明神町4-10-3
[電話]042-642-2551

子安神社(こやすじんじゃ)は、東京都八王子市明神町にある神社。市内最古の歴史がある神社である。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。御朱印については後述。

奈良時代の天平宝字3年(759年)、第47代淳仁天皇の皇后である粟田諸姉の安産を祈願するため、勅命を受けた橘右京少輔が草創したと伝えられる。

御祭神は現在までに、木花開耶姫命天照大御神素盞鳴尊大山咋命奇稲田姫命

創建以後、多摩川の西側にあたる多西郡の総鎮守、安産の神として近郷より崇敬され、子安明神と称された。

武将の尊崇も篤く、八幡太郎源義家は奥州下向の折、戦勝を祈念して欅18本を船形に植樹奉納した。このことから、神苑は船森と称された。

鎌倉時代末期の元徳2年(1330年)、人見四郎入道光行(人見恩阿)が社殿を再造、神櫃を寄進したと伝えられる。

人見四郎入道光行は北条高時に仕えた御家人で、『太平記』の中で楠正成の居城である河内赤坂城攻めの際、討ち死を遂げたことが記されている。

江戸時代になり、その前期の慶安2年(1649年)、3代将軍徳川家光以降代々の将軍家より朱印地6石の寄進があった。このことから、神紋に三つ葉葵が使われている。

元禄14年(1701年)と、幕末の元治2年(1865年)には社殿が改築された。

明治元年(1868年)に現社号に改称、明治5年(1872年)、村社に列し、昭和18年(1943年)には郷社に昇格した。

例祭は9月20日。7月第3土・日曜日、または第4土・日曜日には子安祇園祭がある。素盞鳴尊(八坂神社)に基づく祭典。

子安祇園祭は、八王子祇園祭とも呼ばれ、多摩地方には珍しい神幸行列に三つ葉葵の神紋がついた台座4尺という大神輿が出御、宮入りする。

拝殿向かって右手には木花開耶姫命の御神像が祀られた神水殿があり、竹筒を奉納して子宝祈願をする。安産祈願の時は底抜け柄杓、御礼参りには底がある御礼柄杓。

境内には庭園として整えられ豊かに水を湛えた神池があり、末社の厳島神社(市杵島姫命)が鎮座する。古くは船森弁財天と称された。

他の境内摂社に金刀比羅神社があり、御祭神は大物主命大国主命)。参拝すれば、金刀比羅神社の御朱印も授与される。

もとは八王子横山宿に住む紀伊の字屋杢代安太郎が讃岐金刀比羅宮を勧請し、自宅の蔵に奉斎した邸内社だった。

しかし、非常に霊験あらたかであったことから、邸内に祀ることを畏れ、寛政9年(1797年)春、神卜により当社境内に遷座した。

商売繁盛・開運厄除・交通安全の他、明治の八王子大火や空襲の際にも焼失を免れたことから、火難災難除の御神徳があるとされる。

1月9日・10日には初金刀比羅祭・だるま市が開催される。福娘より福笹が授与され、杵つきもち・甘酒が無料配布される。関東では珍しい十日戎を彷彿とさせる祭典。

他の境内末社に、祖霊社、稲荷社、橘社(橘右京少輔命)、葦船社(日留子命)、末社5社の合祀殿がある。

合祀殿は、咳止めの神の石神社(少彦名命)、歯の神の白山神社(白山比咩命)、生業・商売の神の稲荷神社(保食神)、目の神の御嶽神社(国常立尊)、足腰膝の神の第六天神社(面足尊惶根尊)。

織物の町だった八王子にはお稲荷が多く、2月の午の日(初午か二の午)にお稲荷をお祭りしている人たちが子供たちにお菓子を配る風習があって、当社ではその伝統を受け継いでいる。

4月上旬の週末3日間、18時から21時まで、本殿横の枝垂桜がライトアップされる特別夜間参拝が行われる。

また、8月中旬には八王子薪能が境内で演じられる。燃え盛る篝火の明かりの中、幻想的な天人の舞いなどを堪能できる。

なお、当社にはオリジナルの御朱印帳がある。また、京都府出身の俳人である山口誓子が参拝した折に詠んだ和歌入りの御朱印もある。

限定御朱印として、夜間特別参拝・子安祗園祭限定・初金刀比羅祭限定・船守稲荷初午祭限定などが授与される。

【ご利益】
子宝・安産、厄災除け、病魔退散、身体壮健(公式HP
子安神社 東京都八王子市明神町
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