酒君と、日本初の鷹狩りに関する逸話、室町期以前創祀の牛頭天王
鷹合神社 大阪府大阪市東住吉区鷹合
[住所]大阪府大阪市東住吉区鷹合4-5-22
[電話]06-6691-4897

鷹合神社(たかあいじんじゃ)は、大阪府大阪市東住吉区鷹合にある神社。正式名称は素盞嗚尊神社。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

創祀・創建年代は不詳。「鷹合」は古来からの地名で、鷹合村の東方に鎮座していたのを後年、現在地に遷座したという。牛頭天王とも称した。御祭神は素盞鳴尊

「鷹合」という地名は、『日本書紀』第16代仁徳天皇43年秋9月条に、依網屯倉阿弭古が網を張っていると、見たこともない異鳥がかかり、天皇に献上した。

天皇は百済王の王族である酒君を呼んで尋ねると、これは百済に多い鷹という鳥で、百済では鷹で小鳥を捕らえる遊びが流行していますと答えた。

鷹を飼いならすことを命じられた酒君は、鷹に訓練を施し、再び帝に献上。帝は大いに喜び、百舌野で狩猟し、多くの雉を捕らえた。

帝は、「これはすばらしい鳥だ、もっと増やそう」と鷹甘邑と呼んだという。いわば日本初の鷹狩りに関する逸話といえる。

また、東南角の房本宅内に、鏡池という池がある。ある日、酒君が鷹の行方を見失い、各地を探しあぐねこの池のそばで思案にくれていた。

その時、かたわらの椎の大樹にとまる鷹の姿が水面にうつり、喜んでとらえたという伝説がある。後述の鏡湯の語源か。

天正年間(1573年-1593年)に武田信玄の臣、沼田重光が老僧となってからこの地に住み、村民の信頼を得て、当社の社務一切を委任された。

しかし、数年と経たないうちに大坂に移り住んだ際、当社の旧記全部を持ち去ったため、由緒は不明だという。

旧記に、室町時代の「延徳元年(1489年)8月云々、一昨日十三日鷹合の祭り也云々」とあり、これ以前の創祀だと考えられている。

明治5年(1872年)、村社に列し、明治42年(1909年)6月、神饌幣帛料供進社に指定された。

氏子地域は、鷹合全域、駒川5丁目、東田辺3丁目、針中野1・3丁目、湯里1・4丁目、南田辺5丁目、矢田の一部。

例祭は10月12日・13日で、秋祭り。夏祭が7月13日・14日にある。

境内にある楠の大木は、市の保存樹に指定されている。境内社に、稲荷社・白姫社があり、伊勢神宮遥拝所や鏡湯記念碑などもある。

鏡湯は、明治時代に当社の財源を補うために設立された大衆浴場のこと。

【ご利益】
厄災除け、病魔退散、地域安全(公式HP
鷹合神社 大阪府大阪市東住吉区鷹合
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