葛城大神を奉斎、江戸期の石灯籠、氏子入りの神事「当子祭」伝える
新次神社 兵庫県姫路市豊富町御蔭2477
[住所]兵庫県姫路市豊富町御蔭2477
[電話]079-264-4747 - 甲八幡神社

新次神社(にすきじんじゃ/にいすきじんじゃ)は、兵庫県姫路市豊富町御蔭にある神社。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 山陽道神 播磨国 神埼郡「新次神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

創祀・創建は不詳。阿遅須伎高比古尼命(味鋤高彦根神)を祀り、葛城大神(かつらぎのおおかみ)と称する。一言主神と同一神とされるという。

社伝によれば、往古、大和葛城の役の行者がこの地に来て留り、行場を作って行をなしたという。

やがて周辺地域の信仰を集めて盛んになってきたので、葛城の行者は故郷で縁故のある高鴨阿治須岐詫彦根命神社の御祭神を勧請してこの地に奉斎した、とも伝わる。

往古は現在地の北方約1里にある神埼郡山田村に鎮座し、神宮寺と並んで盛んだったが、中世になり急速に衰微した。

廃絶の危機を前に、式内社の衰亡を恐れて、その御分霊を現在地に移して奉斎した、とも伝わるが、真偽のほどは定かではない。

近世には葛城権現社とも呼ばれたようで、、榊原式部大輔は当社を崇敬して弊帛料を捧げ、提灯一対を寄進した。

江戸時代後期の文政9年(1826年)、本殿を建立し、天保10年(1839年)には本殿覆を建てた。

明治7年(1874年)2月、村社に列し、明治32年(1899年)には本殿を改築、大正6年(1917年)には幣殿を改築した。

現在は2497坪の境内に、二間半×二間の本殿と三間四方の幣殿、二間四方の舞殿、三間半×三間の拝殿からなる。

奉賽物として、寛政8年(1796年)と大正3年(1914年)の石灯籠、明治10年(1877年)の石鳥居、明治40年(1907年)の石造狛犬、大正13年(1924年)の備前焼狛犬などがある。

当社は豊富町の南東に位置する曽坂地区の氏宮であり、豊富町では甲八幡神社の氏子と異なり、独自の祭礼を行っている。 例祭は10月体育の日の前日。

曽坂地区では当子祭という、前年の例祭以後、当年例祭までに生まれた子供の氏子入りを祝い、盛装して神饌を供え、絵馬を奉納する神事が例祭に先立って行われている。

現在、当社は甲八幡神社の兼務社である。

【ご利益】
身体壮健、健康長寿、厄災除け、地域安全、五穀豊穣
新次神社 兵庫県姫路市豊富町御蔭
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