祈雨・止雨の神、内陣に祈祷用の円石を安置、龍神でマムシ除けの神
[住所]兵庫県宍粟市山崎町千本屋89
[電話]-
雨祈神社(あめのりじんじゃ)は、兵庫県宍粟市山崎町千本屋にある神社。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 山陽道神 播磨国 宍粟郡「雨祈神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。
創祀年代や由緒は不詳。「雨祈」は「あまごい」とも読まれるが、祈雨・止雨、つまり雨を司る神と考えられている。
御祭神は高龗神。本殿内陣には、ハーサラバーサラという円石が安置され、雨乞い祈祷に用いられるという。
干ばつに際して、神前に青竹で棚を作り、浄水を盛った器を置き、その器の上に板を渡し、この円石を安置して雨乞い祈願し、後に器の水を注ぐという。
また、マムシ除けの神としても信仰され、境内の砂を持ち帰り、マムシの出そうな場所に撒いておくと霊験があるという。
水・雨の神であり、龍神であるがために、蛇を統べる神とも考えられたのだろう。
江戸時代には、貴船大明神・貴船社と称していた。江戸時代中期の享保2年(1717年)、本殿上棟が行われ、その3年後になぜか再建されている。
資料により一定しないが、明治7年(1874年)、村社あるいは郷社に列した。最終的にはどちらにしろ郷社になったようだ。
明治9年(1876年)、現社号に復称した。明治40年(1907年)には大将軍神社など4社を合祀した。
現在までに、火産霊神・奥津比古命・奥津比売命・武速須佐之男命を併せて祀るという。
大正13年(1924年)、拝殿・幣殿・絵馬殿を改築した。戦後になり、昭和30年(1955年)、拝殿を改築し、昭和48年(1973年)には本殿・幣殿を改修した。
【ご利益】
祈雨・天候、厄災除け、害虫・害獣除け

【関連記事】
・兵庫県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、兵庫県に鎮座している神社の一覧
[電話]-
雨祈神社(あめのりじんじゃ)は、兵庫県宍粟市山崎町千本屋にある神社。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 山陽道神 播磨国 宍粟郡「雨祈神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。
創祀年代や由緒は不詳。「雨祈」は「あまごい」とも読まれるが、祈雨・止雨、つまり雨を司る神と考えられている。
御祭神は高龗神。本殿内陣には、ハーサラバーサラという円石が安置され、雨乞い祈祷に用いられるという。
干ばつに際して、神前に青竹で棚を作り、浄水を盛った器を置き、その器の上に板を渡し、この円石を安置して雨乞い祈願し、後に器の水を注ぐという。
また、マムシ除けの神としても信仰され、境内の砂を持ち帰り、マムシの出そうな場所に撒いておくと霊験があるという。
水・雨の神であり、龍神であるがために、蛇を統べる神とも考えられたのだろう。
江戸時代には、貴船大明神・貴船社と称していた。江戸時代中期の享保2年(1717年)、本殿上棟が行われ、その3年後になぜか再建されている。
資料により一定しないが、明治7年(1874年)、村社あるいは郷社に列した。最終的にはどちらにしろ郷社になったようだ。
明治9年(1876年)、現社号に復称した。明治40年(1907年)には大将軍神社など4社を合祀した。
現在までに、火産霊神・奥津比古命・奥津比売命・武速須佐之男命を併せて祀るという。
大正13年(1924年)、拝殿・幣殿・絵馬殿を改築した。戦後になり、昭和30年(1955年)、拝殿を改築し、昭和48年(1973年)には本殿・幣殿を改修した。
【ご利益】
祈雨・天候、厄災除け、害虫・害獣除け

【関連記事】
・兵庫県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、兵庫県に鎮座している神社の一覧
コメント