伊賀臣が祖神を奉斎か、吉田神社の地に遷座、10月に秋祭
[住所]三重県伊賀市蔵縄手353
[電話]0595-39-0452

田守神社(たもりじんじゃ)は、三重県伊賀市蔵縄手にある神社。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 伊賀国 伊賀郡「田守神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

創祀・創建年代、由緒は不明。古代に当地を支配した伊賀臣関係氏族がその祖神を祀ったものともされる。

社名からは、当地の産土神ないし農業神を奉祀したもの、とも。

御祭神については、彦屋主田心命、別雷神、木花咲耶媛命とする三説があり、近世初頭までには別雷神が有力になって、昭和まで続いた。

現在では、この三柱を主祭神とする。

もとは、大字鍛冶屋字吉田井上の地にあったともされる。平安時代の長元年間(1028年-1036年)、現在地にあった吉田神社の境内に遷座した。

吉田神社は長和3年(1015年)、下郡の猪田神社より諏訪住吉神を勧請して、鍛治屋吉田井上に奉祀されたもの。

明治になり、吉田神社は村社に列した。明治41年(1908年)の合祀の際、吉田神社御祭神を当社に合祀し、当社を主とする神社に変更された。

現在までに、底筒男命中筒男命表筒男命建御名方神大山祗命大山祗命誉田別命建速須佐之男命白山比咩神宇迦能御魂神火之迦具土神大綿津見神五男三女命・六所大神・事代主神大日孁貴神・速玉之男命・市杵嶋姫命を合祀する。

例祭は10月29日で秋祭り。神社での神事の後、鬼・旗幟・金幣・金鉾・合祀祈念大幣・太鼓台・獅子・花笠・神輿などの行列が神社の西の御旅所へ巡幸し、また神社に戻る。

祭りの当屋は、その証として右側の耳に割り箸を一本掛ける。途中にある住吉橋では神輿を置き、七度半の使いの儀式が執り行われる。

これはかつて菖蒲池の鎮守であり、現在合祀されている住吉社の神を迎えにいくためのもの。神社に戻った後、境内で貴箸神事が執り行われ、獅子神楽が奉納される。

貴箸神事(たかはししんじ)は、田楽講の者一人が薦の上に立ち、手前に日の丸の扇を開けて置き、右手に扇を、左手に幣のついた竹杖を持って臨む。

祝詞に節を付けて高唱したのち、扇を背後の鳥居めがけて背面のまま高々と投げ上げて終了する。

これらの行事は、田楽講、馬苦労講、慶成講、羯鼓講、優久里講の五つの講が行ってきた渡御行列と貴箸神事について、七つの集落がその役割を補い、現在の形態となった。

江戸時代からの祭礼の形態が残る貴重な行事として、市の無形民俗文化財に指定されている。

市内東谷に住む日本画家の松永伸は、平成16年(2004年)から毎年年末に、その次の年の干支の絵馬を奉納した。絵馬は拝殿内などに飾られている。

【ご利益】
一族・子孫繁栄、子宝・安産、五穀豊穣、厄災除け
田守神社 三重県伊賀市蔵縄手
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