もとは笹ヶ岳に鎮座、桃山期に現在地に遷座、授乳に霊験あり
[住所]三重県伊賀市音羽618
[電話]0595-44-1333
佐々神社(ささじんじゃ)は、三重県伊賀市音羽にある神社。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 伊賀国 阿拝郡「佐々神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。
創祀・創建年代は不詳。往古は、現在地より北西4-5キロ、滋賀県との県境にある標高739メートルの笹ヶ岳(篠岳)に鎮座していたという。
御祭神は、現在、八重事代主命だが、『神名帳考證』や『神祇志料』では、佐々貴君の祖神である大彦命を祀るとある。また、須佐之男命とする説もある。
飛鳥時代の持統天皇3年(689年)8月、封田29束を奉った。
平安時代前期の嘉祥3年(850年)、伊賀国内の神社では敢国神社とならんで最も早くに従五位下の神階を授位された。
その後、貞観15年(873年)には従五位上となったが、この時、今まで同格だった敢国津神が正五位下となり、差が開いた。
白川家文書に永萬元年(1165年)、神祇官御年貢進社事に社名が載っている。
安土桃山時代の文禄年間(1592年-1596年)、火災により焼失、これを契機に現在地に遷座したという。この遷座を主導したのが、松尾氏。
当時、松尾氏の妻が分娩し、男児を出産したが、乳が出なく困ったので、7日間にわたり笹ヶ岳に籠もり、一心不乱に祈願したところ、乳が出るようになったという。
明治4年(1871年)7月、村社に列した。現在までに、須佐之男命・倉稲魂命・大己貴命・金山彦命・大山祗命を合祀する。例祭は12月10日。
【ご利益】
子宝・安産・子育て、授乳、事業成功

【関連記事】
・三重県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、三重県に鎮座している神社の一覧

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佐々神社(ささじんじゃ)は、三重県伊賀市音羽にある神社。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 伊賀国 阿拝郡「佐々神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。
創祀・創建年代は不詳。往古は、現在地より北西4-5キロ、滋賀県との県境にある標高739メートルの笹ヶ岳(篠岳)に鎮座していたという。
御祭神は、現在、八重事代主命だが、『神名帳考證』や『神祇志料』では、佐々貴君の祖神である大彦命を祀るとある。また、須佐之男命とする説もある。
飛鳥時代の持統天皇3年(689年)8月、封田29束を奉った。
平安時代前期の嘉祥3年(850年)、伊賀国内の神社では敢国神社とならんで最も早くに従五位下の神階を授位された。
その後、貞観15年(873年)には従五位上となったが、この時、今まで同格だった敢国津神が正五位下となり、差が開いた。
白川家文書に永萬元年(1165年)、神祇官御年貢進社事に社名が載っている。
安土桃山時代の文禄年間(1592年-1596年)、火災により焼失、これを契機に現在地に遷座したという。この遷座を主導したのが、松尾氏。
当時、松尾氏の妻が分娩し、男児を出産したが、乳が出なく困ったので、7日間にわたり笹ヶ岳に籠もり、一心不乱に祈願したところ、乳が出るようになったという。
明治4年(1871年)7月、村社に列した。現在までに、須佐之男命・倉稲魂命・大己貴命・金山彦命・大山祗命を合祀する。例祭は12月10日。
【ご利益】
子宝・安産・子育て、授乳、事業成功

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