田心姫命・胸鉏比売が「隠れた」地に日御碕神社を勧請
[住所]島根県江津市嘉久志町字鑪山2454-1
[電話]0855-52-5939

岩根神社(いわねじんじゃ)は、島根県江津市嘉久志町にある神社。近代社格では村社。御朱印の有無は不明。

社伝によれば、神代の昔、田心姫命が当地の「隠岩」に隠れ、出雲国の乱に馳せ参じ、十羅の賊を討って、十羅刹女大明神として奉斎されたという。

いわゆる胸鉏比売(むねすきひめ)の伝承で、それによれば、波子の浦にみめ麗しき6-7歳の童女がハコブネに乗って漂着した。

近くに住む老夫婦は子供がいなかったので、いたく喜んで、この童女を慈しみ育てていた。

数年過ぎたある日のこと、この童女は、出雲の国に異変があることを察知、すぐに帰国しなければと思い立ち、老夫婦に本性を告げた。

「自分は出雲の国の神の子・胸鉏比売で、出雲に取って返し、難を鎮めなければならない」と。制止する老夫婦を振り払い、旅立った。

出雲に向かう途中、この地の椎の木の茂る、大岩の陰に身を隠し、追跡の目を逃れ、後に大功を立てたという。

老夫婦は、浅利の浦までたどり着き、亡くなったという。以来、その岩を「かくれ岩」、または「隠れ岩大明神」と称えられるようになった。

「嘉久志」という地名は、この「かくれた」故事に基づき、「かくし」となったとされる。なお、胸鉏比売は波子早脚神社で祀られている。

平安時代の永延元年6月(987年)、嘉久志・波子ともに出雲国の日御碕神社の社領となり、日御碕神社との関係が強まったという。

江戸時代前期の寛永21年(1644年)、当地民が日御碕神社の社殿改築に奉仕したことをきっかけに、当地への同社神勧請機運が高まり、請願されたという。

明治6年(1873年)、村社に列した。明治42年(1909年)、神饌幣帛供進社に指定された。

昭和11年(1936年)2月、現社殿が造営された。平成6年(1994年)には鎮座350年祭が執行されたという。

現在までに御祭神は、伊弉諾尊伊弉册尊五男三女命、つまり正哉吾勝速日天忍穂耳命天穂日命天津彦根命活津彦根命熊野久須毘命・田心姫命・狹依姫命湍津姫命

当社の例祭は10月。石見神楽が奉納される。当然、「十羅」も奉納されることだろう。

境内社に、金毘羅神社、荒神神社、稲荷神社、護王神社、皇子神社、王子神社がある。

『式内社調査報告』によれば、この稲荷神社は明治42年5月10日、山辺神社を合祀したという。

この山辺神社は、『延喜式神名帳』にある「山辺神社(石見国・那賀郡)」に比定される式内社(小社)の論社。

他の論社に、市内江津町の山辺神宮、浜田市旭町の和田八幡宮の境内社がある。

【ご利益】
武運長久・勝運、五穀豊穣、厄災除け、地域安全
岩根神社 島根県江津市嘉久志町
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