江戸後期に開発成功祈願で創祀、7月に夏祭り、牛の形をした霊石
[住所]大阪府大阪市港区三先1-5-40
[電話]06-6571-0527
三先天満宮(みさきてんまんぐう )は、大阪府大阪市港区三先にある神社。正式には天満宮のみ。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
江戸時代後期の天保元年(1830年)、葦屋勇助という人が当地の開発を進めた。しかし度重なる水害に遭い、功半ばで池田屋大吉という人にその開発を譲った。
池田屋大吉は開発に先立ち、天保6年(1835年)、成功を祈願して大神を勧請して奉斎した。
御祭神は、菅原大神(菅原道真)、住吉大神(底筒男命・中筒男命・表筒男命の住吉三神)、稲荷大神(宇迦之御魂神)。
開発は無事成功し、開発された土地は池田新田と称された。そこで、現在の港南公園北東隅付近に神域が整えられ、産土神として祀られた。
明治45年・大正元年(1912年)、当時の地主である田中市蔵という人が、私財を投じ、社殿を修築した。
昭和20年(1945年)、大阪大空襲により一帯は焼け野原になったが、当社は焼失を免れた。
戦災からの復興と、度重なる台風などの水害を回避するため、市により盛土工事が行われた。当社も風水害被害に遭い、その都度改修が行われたという。
抜本的改修が必要とされ、市は盛土工事の施行と隣接の港南中学校の拡張を決定、これを機に昭和40年(1965年)、現在地に遷宮、造営された。
平成17年(2005年)には、鎮座170年奉祝祭が行われた。
例祭は10月25日で、秋祭り。7月25日には夏祭があり、獅子舞や枕太鼓などとともに神輿が氏地を巡幸する。南西800メートルほどの地に行宮がある。
境内社に、幸宮(道之長乳歯神・天鳥船神・八意思兼神・大綿津見神)、松梅稲荷宮(宇迦之御魂神)、寝牛社がある。
寝牛社は、寝そべった牛の形をした霊石で、この石の欠片を煎じて飲むと、眼病、よだれくりに良く効くと伝えられる。
【ご利益】
事業成功、学業・受験合格、病気平癒、交通安全(公式HP)
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三先天満宮(みさきてんまんぐう )は、大阪府大阪市港区三先にある神社。正式には天満宮のみ。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
江戸時代後期の天保元年(1830年)、葦屋勇助という人が当地の開発を進めた。しかし度重なる水害に遭い、功半ばで池田屋大吉という人にその開発を譲った。
池田屋大吉は開発に先立ち、天保6年(1835年)、成功を祈願して大神を勧請して奉斎した。
御祭神は、菅原大神(菅原道真)、住吉大神(底筒男命・中筒男命・表筒男命の住吉三神)、稲荷大神(宇迦之御魂神)。
開発は無事成功し、開発された土地は池田新田と称された。そこで、現在の港南公園北東隅付近に神域が整えられ、産土神として祀られた。
明治45年・大正元年(1912年)、当時の地主である田中市蔵という人が、私財を投じ、社殿を修築した。
昭和20年(1945年)、大阪大空襲により一帯は焼け野原になったが、当社は焼失を免れた。
戦災からの復興と、度重なる台風などの水害を回避するため、市により盛土工事が行われた。当社も風水害被害に遭い、その都度改修が行われたという。
抜本的改修が必要とされ、市は盛土工事の施行と隣接の港南中学校の拡張を決定、これを機に昭和40年(1965年)、現在地に遷宮、造営された。
平成17年(2005年)には、鎮座170年奉祝祭が行われた。
例祭は10月25日で、秋祭り。7月25日には夏祭があり、獅子舞や枕太鼓などとともに神輿が氏地を巡幸する。南西800メートルほどの地に行宮がある。
境内社に、幸宮(道之長乳歯神・天鳥船神・八意思兼神・大綿津見神)、松梅稲荷宮(宇迦之御魂神)、寝牛社がある。
寝牛社は、寝そべった牛の形をした霊石で、この石の欠片を煎じて飲むと、眼病、よだれくりに良く効くと伝えられる。
【ご利益】
事業成功、学業・受験合格、病気平癒、交通安全(公式HP)
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