平安期の神像と戦国期の本殿が重文、5月に絵巻・長刀踊
[住所]滋賀県守山市杉江町495
[電話]077-585-0855

小津神社(おづじんじゃ)は、滋賀県守山市杉江町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

『延喜式神名帳』にある「小津神社(近江国・野洲郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では県社

第12代景行天皇の皇子日本武尊の孫にあたる小津君を開拓の祖神として祀ったのが創始。

後に第19代允恭天皇の皇妃玉津姫命の希望により、宇賀之御魂命を主神とし、氏神と仰がれた。さらに素盞鳴命大市姫命も奉斎された。

第29代欽明天皇の頃、神殿が洪水により琵琶湖に流出した。それを再び現在地へ迎えた氏子の喜びを表したものが、今に伝わる長刀踊である。

古くから、皇室や武門の崇敬が厚く、鎌倉時代の文応元年(1260年)、相模守越後守在判の御洪湯田の神納、高島郡安積川(安曇川)御網代の寄進もあった。

また、足利尊氏は南北朝時代の世において、神聖な当社境内への兵馬の乱入を固く禁じたと伝えられている。

文正(1466年-1467年)・応仁(1467年-1469年)の争乱で兵火に遭い、灰燼と帰した本殿は、佐々木高頼によって再建された。

永正2年(1505年)の兵乱のため本殿は再度炎上。その後、山門の僧実観明舜房によって、18ヶ年の歳月を経て再建されたのが現在の本殿である、

木造桧皮葺三間社流造で、戦国時代の大永6年(1526年)の建立。彫刻の美は、よく当時をしのぶことができ、やはり国の重要文化財。

神宮寺は智泉院で、天台宗山科毘沙門堂の門跡末寺。現在は廃寺となっており、境内近くに護摩堂のみを残している。

平安時代中期の作である木造神像、宇賀之御魂命座像が伝わる。神像彫刻として最古の 様式を示し、国の重要文化財に指定されている。

女神像は高さ約50センチの上品な彩色像で、垂髪の頭上に蓮冠を飾り、左膝を立て、その上に宝珠を持った左手を置いている。

非常に格調の高い趣が漂っており、京都の松尾神社・奈良の薬師寺の神像とともに、日本三神像の一つとされる。

国の無形民俗文化財に選択されている長刀踊は毎年5月5日の古式祭、けんけと祭りとも呼ばれる。

手に持った長刀を振る「長刀振り」と、それに続くササラ・鉦・鼓・太鼓などの囃子に合わせて音頭をとりながら踊る「田楽踊り」からなる。

賑やかな掛け声のなか、幼児から若者までの男子が木製の長刀やササラを振りながら華やかに行列する。

また、花笠を被った子どもや大神輿3基、子ども神輿2基とともに、約1キロほど離れた赤野井の小津若宮神社まで往復する。

境内は約2万8000平方メートルと広く、老樹がうっそうと茂る。

境内社に、二宮神社・三宮神社・地主神社・市杵島姫神社・稲荷神社・金刀比羅神社・天満神社・龍神社・杉神社がある。

この中で、地主神社は境内の中央にあり、氏子からは特に「小津さま」と呼ばれ、崇敬されている。もとの御祭神だった小津君だと考えられる。

境外社として、 熊野神社・八幡神社・欲賀神社・岩崎神社・光治神社・天満神社・小津若宮神社・天満宮・若宮神社・二宮神社がある。

【ご利益】
五穀豊穣、身体壮健、病魔退散
小津神社 滋賀県守山市杉江町
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小津神社 滋賀県守山市杉江町の御朱印