5代将軍綱吉が命名した「志演」と尊空社が合併、都内最古の力石
[住所]東京都江東区北砂2-1-37
[電話]03-3644-1445
志演尊空神社(しえんじんじゃ)は、東京都江東区北砂にある神社。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
江戸時代に創建された志演神社と尊空神社が、終戦後に合祀された神社である。
志演神社は、江戸時代初期の寛永元年(1624年)、深川郷唐島開発の際、当地を訪れた菅原長寛が、村民の要請を受け、小名木村八右衛門新田の氏神として稲荷大神を勧請。
当初は社号を深川稲荷と称していた。
江戸時代前期の元禄年間(1688年-1704年)、5代将軍徳川綱吉が鷹狩りの折に参拝し、「民の志を演ぶる(のぶる)事殊勝なり」と賞し、社号が志演稲荷となった。
江戸時代中期の正徳2年(1712年)夏、当地に疫病が流行し、死者が多数出た。5代目別当菅原快圓が柴燈大護摩を修めたところ疫病は止んだ。
そこで、人々は「降魔稲荷、ごまの稲荷」と称するようになった。以来、毎年5月22日は祭礼を行うようになった。
江戸時代後期の天保9年(1838年)に刊行された『東都歳時記』5月22日の項に「深川砂村深川寺志演稲荷祭 柴燈護摩修行あり」と記載された。
尊空神社は尊空親王を奉斎した神社である。尊空親王とは、伏見宮家守理法親王の御子で知恩院第三六世門主。
江戸時代前期の寛文3年(1663年)12月、辞山し、下総・来迎寺に退隠した後、江戸本所霊山寺に閑居した。
親王の逝去後、村民がその徳を敬慕し、邸跡に小祠を建て鎮守として奉斎したのが創祀である。
その後、久左衛門新田内にあった松平伊豆守抱屋敷内の稲荷社が村に寄附され、尊空社を合祀、社号が尊空稲荷神社と改められた。
志演稲荷・尊空稲荷の両社は、昭和20年(1945年)3月9日の戦災により焼失。戦後の1947(昭和22年)3月に両社が合祀され、現社号になった。
現在までに御祭神は、倉稲魂命・須佐之男命・尊空親王・伊邪那美命・手力男命。
境内の力石は寛文4年(1644年)の銘があり、現存するものでは都内最古。区の有形民俗文化財に指定されている。
日本最古のものは埼玉県久喜市に鎮座する樋ノ口八幡神社にあるもので、寛永9年(1632年)銘がある。
拝殿前にある明治39年(1906年)造の石造燈籠、昭和3年(1928年)造の石鳥居、狛犬両脇の織田長好奉納燈籠も、いずれも区登録文化財。
織田長好奉納燈籠は、『新編武蔵風土記稿』にも記載されている。
【ご利益】
病魔退散、病気平癒、商売繁盛、事業成功

【関連記事】
・東京都の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、東京都に鎮座している神社の一覧
[電話]03-3644-1445
志演尊空神社(しえんじんじゃ)は、東京都江東区北砂にある神社。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
江戸時代に創建された志演神社と尊空神社が、終戦後に合祀された神社である。
志演神社は、江戸時代初期の寛永元年(1624年)、深川郷唐島開発の際、当地を訪れた菅原長寛が、村民の要請を受け、小名木村八右衛門新田の氏神として稲荷大神を勧請。
当初は社号を深川稲荷と称していた。
江戸時代前期の元禄年間(1688年-1704年)、5代将軍徳川綱吉が鷹狩りの折に参拝し、「民の志を演ぶる(のぶる)事殊勝なり」と賞し、社号が志演稲荷となった。
江戸時代中期の正徳2年(1712年)夏、当地に疫病が流行し、死者が多数出た。5代目別当菅原快圓が柴燈大護摩を修めたところ疫病は止んだ。
そこで、人々は「降魔稲荷、ごまの稲荷」と称するようになった。以来、毎年5月22日は祭礼を行うようになった。
江戸時代後期の天保9年(1838年)に刊行された『東都歳時記』5月22日の項に「深川砂村深川寺志演稲荷祭 柴燈護摩修行あり」と記載された。
尊空神社は尊空親王を奉斎した神社である。尊空親王とは、伏見宮家守理法親王の御子で知恩院第三六世門主。
江戸時代前期の寛文3年(1663年)12月、辞山し、下総・来迎寺に退隠した後、江戸本所霊山寺に閑居した。
親王の逝去後、村民がその徳を敬慕し、邸跡に小祠を建て鎮守として奉斎したのが創祀である。
その後、久左衛門新田内にあった松平伊豆守抱屋敷内の稲荷社が村に寄附され、尊空社を合祀、社号が尊空稲荷神社と改められた。
志演稲荷・尊空稲荷の両社は、昭和20年(1945年)3月9日の戦災により焼失。戦後の1947(昭和22年)3月に両社が合祀され、現社号になった。
現在までに御祭神は、倉稲魂命・須佐之男命・尊空親王・伊邪那美命・手力男命。
境内の力石は寛文4年(1644年)の銘があり、現存するものでは都内最古。区の有形民俗文化財に指定されている。
日本最古のものは埼玉県久喜市に鎮座する樋ノ口八幡神社にあるもので、寛永9年(1632年)銘がある。
拝殿前にある明治39年(1906年)造の石造燈籠、昭和3年(1928年)造の石鳥居、狛犬両脇の織田長好奉納燈籠も、いずれも区登録文化財。
織田長好奉納燈籠は、『新編武蔵風土記稿』にも記載されている。
【ご利益】
病魔退散、病気平癒、商売繁盛、事業成功

【関連記事】
・東京都の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、東京都に鎮座している神社の一覧

コメント