『古事記』記載の「決断と行動の女神」女性守護、「やりなおし神社」
[住所]大阪府大阪市西淀川区姫島4-14-2
[電話]06-6471-5230

姫嶋神社(ひめじまじんじゃ)は、大阪府大阪市西淀川区姫島にある神社。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

創祀・創建年代は不詳。主祭神は阿迦留姫命(あかるひめのみこと)。『古事記』にある阿加流比売神のこと。

当地はいわゆる姫島の地で、古代難波八十島の一つだった比売島だという。『古事記』に記載される物語に関係する。

新羅にいて、新羅の王子である天之日矛と結婚したが、その夫によるDVに耐え切れず、日本に逃避行してきた。

筑波の伊波比(いわい)の比売島、さらに移って摂津の比売島(姫島)に留まったと伝えられている。

夫と別れ、海を渡り、新たな地で再起し女性たちに機織りや裁縫、焼き物や楽器などを教えた。

そのことから、当社神は多くの女性に親しまれ、女性の守護神、「決断と行動の神」として信仰されてきたという。

大分県国東半島の沖あい6キロに浮かぶ小さな島も姫島と呼ばれ、阿加流比売神ゆかり。比売語曽社が鎮座する。

また、大阪には阿加流比売神の伝承が根強く残り、当社の他にも、市内平野区には赤留比売命神社楯原神社がある。

『摂津国風土記』によれば、九州から難波に移り住んだ阿迦留姫命が、もといた島の名を取って、当地を姫島(比売島松原)と名付けたという。

境内には正保5年(1648年)から幕末まで江戸時代の石灯篭が10基あり、江戸時代以前から、産土神として崇敬されてきた。

明治5年(1872年)、近郷の崇敬厚く西成郡第5小区の総氏神として郷社に列した。明治43年(1910年)、鷺洲の鼻川神社を合祀。

大正2年(1913年)には神饌幣帛料供進社に指定された。大正13年(1924年)、鼻川神社が復社した。

昭和20年(1945年)6月15日の空襲で当地の約4割が被害に遭い、当社も戦火のため社殿、宝物、過去の文献などすべてを焼失した。

祖国に逃げ帰って、何もない状態から出発した御祭神と同様、当社そのものも「やりなおし神社」と呼ばれる所以。

境内にある楠に戦火の傷跡がいまだに残っており、「再出発の木」と呼ばれている。

相殿神は、神功皇后住吉大神。神功皇后は、当社神が逃れた夫である天之日矛の裔にあたる。当社でも「微妙な関係」と表現している。

例祭は7月23日・24日、夏祭りでだんじりの曳行と宮入りがある。春祭が2月20日にある。1月15日がとんど焼き。

境内に、元楯社・金比羅宮・稲荷神社・楠大神がある。

【ご利益】
女性守護、女性の開運招福、美容美顔(公式HP
姫嶋神社 大阪府大阪市西淀川区姫島
【関連記事】
大阪府の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、大阪府に鎮座している神社の一覧
姫嶋神社 大阪府大阪市西淀川区姫島の御朱印