紺口県主が祖神を奉斎か、龍泉寺に隣接、その鎮守の牛頭天王
咸古神社 大阪府富田林市龍泉
[住所]大阪府富田林市龍泉
[電話]0721-23-3007 - 美具久留御魂神社

咸古神社(かんこじんじゃ)は、大阪府富田林市龍泉にある神社。龍泉寺山の嶽山中腹の牛頭山龍泉寺の北側に鎮座する。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 河内国 石川郡「感古神社」に比定される式内社(小社、鍬靫)。近代社格では村社。

創祀年代は不詳。一帯はかつて紺口県(こむくのあがた)と呼ばれる地域であり、紺口県主が祖神として神八井耳命を祀ったものとみられる。

河南町寛弘寺を当社の最初の鎮座地に比定する説があるが、不詳。ただし、当社では隣接する龍泉寺の寺伝により、平安時代の弘仁14年(823年)正月の創建としている。

龍泉寺は飛鳥時代の推古天皇2年(594年)に蘇我馬子が創建した寺院と伝えられ、寺伝ではこの地にある池に住む悪龍を蘇我馬子が鎮めたものという。

その後、池の水は枯れ、寺も廃絶した。弘仁14年正月8日、弘法大師空海が当地で加持祈祷を行うと、龍が再来し水が再び豊かになった。

この時にできた池の中の3つの島に聖天・弁財天・叱天を祀り、牛頭天王を鎮守としたのが当社と伝えられる。

南北朝時代、楠木正成が龍泉寺山に龍泉寺城を築いたため、兵火にかかり、堂宇のほとんどが焼失した。その後、戦国時代にも嶽山合戦などで兵火を受けた。

江戸時代までは龍泉寺の鎮守社だった。明治の神仏分離により、龍泉寺から分離し、式内比定された。明治5年(1872年)、村社に列した。

明治42年(1909年)12月2日、近隣の式内社である咸古佐備神社(天太玉命)を合祀した。大正4年(1915年)8月、幣饌料供進社に指定された。

咸古佐備神社は、やはり紺口県主と関連するか、あるいは佐味氏の氏神とも。もとは石川郡甘南備村字馬田、佐備川の最上流に鎭座していたとするが、位置は不詳。

「八阪大明神」と称していたが、明治5年に村社に列していた。

当社には、龍池と伝えられる池は古代庭園として貴重で、現在は国指定名勝。弘法大師が龍王を祠った井戸は「雨乞井戸」といわれ、現在も残っている。

また奈良時代の塔の礎石、国の重要文化財に指定されている鎌倉時代の仁王門、府指定の文化財である南北朝時代の聖徳太子二歳像、同納入品の印仏もある。

昔時を偲ぶ瓦も多数出土している。例祭は10月17日。境内社に、春日神社などがある。

【ご利益】
厄災除け、病魔退散、一族・子孫繁栄
咸古神社 大阪府富田林市龍泉NO2
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